Home, happy home

楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

帰国子女も楽じゃない『エイリアンな彼女』6【短編小説】終

【スポンサーリンク】

みなさん、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
昨日から、自作短編小説『エイリアンな彼女』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は最終話。

『齋藤菜々緒、17歳。高校2年。好きなモノ嫌いなモノ、特になし。ただし人に言えない苦手が、じつはたくさんある――。』

帰国子女が日本に戻ってきてから感じる違和感や逡巡を、ゆきうさぎ自身の体験を踏まえて小説にしてみました。

読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪

ちなみにゆきうさぎ、10代のころから創作を始めまして、途中ブランクありましたが、もう10年以上は小説を書いてます。
懸賞小説にもときどき応募したり。予選に入ったり。そんなレベル。 

【最初から読みたい方はこちら↓】

エイリアンな彼女 6

「大歓迎だな、意見をハッキリ言える子。日本の高校って基本、受け身だから、大学に上がってから自分の頭で考えるってことを一から教えなくちゃいけなくてねー。
もう本当はそういうの全部終了してから、大学に上がって来て欲しいんだけど、こっちはさ」

 今、高校二年だっけ? 惜しいなぁ。春から大学一年に入っても全然行けそうだね、と整った顔の教授はからから男前に笑う。

「あっ、でもあなた既習組扱いだ。うちに来たら、一年は飛び級させるから。一年次に大学二年に編入して、四年を二回やってもらう形だから覚悟といて、ふふふ」

「つまり上級生が、同級生になるんですか」

「そう。うちの学科は厳しいので有名よー」

 唖然とする菜々緒に向かって教授はとつとつと語る。

留年も毎年いるし、少人数で討論形式多いし、単位数は他学部と比べて一年増しくらい。だから人気ないの、独文は。

「でも菜々緒さんは、むしろそういうほうが向いてるでしょ? しっかり考えて意見言って、がりがり削られて、また絞り出すように考えてー、みたいな」

「はあ……」

 菜々緒は息を飲む。

言葉が出ない。この人は本当に本心でしゃべってくれている。

「ま、そういうわけだから、あと一年辛抱して、基礎をしっかり学んでいらっしゃいよ。上がってくるの、楽しみに待ってるからー」

  しかも勝手に、もうこの学科に入る前提になってるし……待って、気持ちが追いつかない。大学進学って普通こういうもの?!

 教授の放つ言葉が硝子の欠片みたいに心臓に突き刺さり、どんより重かった身体にぎゅんぎゅん血が巡り始める。

どんなふうに席を辞して家に帰ったか記憶にないくらい頭が混乱していて、それから数日は呆然としていた。

 ――菜々緒さんみたいに、二つ視野を持っている子は大変なことも多いけど、むしろ人生においてそれって、幸運(ラッキー)なんだから。

 だけど、気づけば頭痛や疲労や身体の凝りが消えていて――深く眠っていた意識が、眼鏡をかけたみたいにはっきり覚醒した感覚があった。

なにより呼吸が軽くて楽だ。……私たぶん、あの教授に救われたのかもしれない。


f:id:yukiusagi-home:20191007151859j:plain

「……そういえば、どうだったの、独文科は」

 半月後、吹奏楽部の奏でるパッヘルベルのカノンが流れる体育館で、卒業式の予行練習をしながら、隣に整列していた由真が囁いた。

「行くでしょ。顔つき変わったもん、菜々緒」

 と斜め後ろにいた葵はにやっとして、

「やばっ、関屋先生こっち見た……」

 慌てて三人で頭を下げた直後、太っちょ眼鏡は目の前を通りすぎ、列の反対端にいる小柄な風花の前で足を止めた。

なにやらなだめるような声がするので首を長くしてみると、風花は顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっていて、関屋先生は風花の肩を抱き、自分のハンカチを渡しているところだった。

「あー。今日、内田さんが卒業の言葉を読むからだね、由真」

 続々と入場してくる三年生を仰ぎ見ながら葵がこそっと言う。

「風花、本当に先輩大好きだったもんね」

「え、でも内田さんって内部進学でしょ。大学に行けばいつでも会えるんじゃないの?」

 翔みたいにもう会えないわけじゃないのに、わけがわからん。菜々緒が首を傾げると、

「いや、そうだけどっ。全然そうなんだけど、普通は泣いたりするんだよ、あんなふうにっ」

「女子の青春なんだから、そっとしときな」

 二人同時に返されて、ああ、と、うなずいた。

(私は、あんなふうに人前で大粒の涙を流して、声を震わせて泣いたりしないからな……)

 自尊心からか、何かに負ける気がして嫌だからか、したいと思ってもたぶんできない。


 なんだか胸が切なかった。

人はあんなふうに感情を素直に表に出して、悲しんだり怒ったり、別れを惜しんだりするものなんだ。

――私はむこうを去る時も、翔と別れた時も、感情を爆発させずにやり過ごしてしまったけれど……それが本当に正しい感じ方だったのか、風花の涙を見ていると、わからなくなる。

  思えばずっと、ものすごく緊張していた。

他人とかけ離れすぎないように、常にまわりを意識して、歩調を合わせて息を殺して。

 そうしなくちゃ新しい場所では善く生きられないと思いこんでいたんだ。

あんまり自分を押さえつけるのに必死だったから、普通に息を吸って吐くことすら、忘れてしまって。

(だけど……私ももう、自由になろう)

 翔に負けないくらいに。

どこかでもう半分の自分が笑っている。

やっと解放されて身軽になったと、カノンに合わせて天に向かうように、円を描いて飛び跳ねている。

 その時、はたと音楽が止んだ。――静寂。

「ほら来た、あれが内田さん。卒業生代表」

 葵に肘でつつかれて顔を上げると、ちょうどその人が壇上に上がるところで――。

 初めて認識した内田さんとは、本当に綺麗で品のある大和撫子で、菜々緒は不遜にも、やっぱりまだこの高校も捨てたもんじゃないかもしれない、とひそかに思ったのだった。

         了

 あとがき

 「エイリアンな彼女」お楽しみ頂けましたでしょうか。
本作は、ゆきうさぎの高校時代を思い出して書いたものです。
うすうすお気づきかもしれませんが、ワタクシの母校は都内の某有名私立です。偏差値レベルも高く、周りは頭のよろしい同級生ばかりでした。

ですから母校の名誉のために弁護すると、待遇や先生の質はけっして悪くはなかった。
むしろかなり好待遇だったはずなんですが、にもかかわらず、やっぱり6年も異国にいてしまったブランクというものは、早々に解消できるものでもありませんでした。。。

ちなみに食べ物や飲み物の違和感は、帰国後1~2年くらいしたら慣れまして、今じゃむしろあの違和感がウソのように、まったくスーパーで魚臭いと思うことはなくなりました。

でも当時は店に入る前から「うっ」となっていた。それくらいキツい匂いでした。
東南アジアでドリアンの前を通ると臭いますが、あれに近かったかもしれない。

韓国の空港は「キムチ臭い」とよくいいます。ドイツは私の感覚では「肉(ソーセージ)とコーヒーの混じった匂い」がします。日本の成田は外人に言わせると「しょうゆくさい」そうです。

日本人にはおそらく、「しょうゆくさい」を外人のようには感知できない。私は正直、全然、成田でしょうゆを感じたことはないです。調べたら、まとめ記事ありました。↓ そしてやっぱり魚くさいとも思われてるようですよ~。ゆきうさぎの嗅覚はまちがってなかった。

matome.naver.jp


ことほどさように、外人が日本を訪れて感じている違和感というのが、本当はかなりある。
それを旅人たちは「ジャポニズム」「エキゾチック」などと評して楽しんでいるのですが、こちらからすると、なにが彼らの感性に響く「エキゾチック」なのか。

「日本の独自性とはなんなのか」を理解するのは、われわれ日本人にとって、むずかしい問題です。
なぜなら比較する対象がないかぎり、なにが同じで、なにがちがうのかはよくわからない。けれど、この島国に住んでいる人の大半は、海の外を知らない。知る機会が閉ざされているんですね、大陸とちがって、四方を海でとりかこまれているから。

「日本人」って本当は、どんな人たちなんでしょうか?
ゆきうさぎが10代のころは、まだまだ「黒髪に黒い目の」「昔からのルールに従い、順列を重んじ、多くを語らず」みたいな日本人がスタンダードでした。
作中の由真ちゃんみたいな品行方正タイプが「美徳」「あるべき姿」と認識されていて、こういう型にはまっていないと生きづらかった。

けれども最近は、テニスしかり、陸上しかり、ラグビーしかり、いわゆる昔のスタンダードタイプの「日本人」以外も「日本人」として社会で活躍している。
彼らは完全に由真ちゃんタイプではないわけで、私としては「ようやく時代が私の感覚に追いついてきた!」みたいな感じで、この変化を大変喜ばしく思っています。

別に由真ちゃんを、否定しているわけじゃないんですけども。
クラス全員が由真ちゃんになるべきという主義主張?は絶対おかしいでしょー。
だって一人一人、本当は全然ちがう人格だもん。

昨今、文科省もようやくなんだかそのへんの問題に気づき始めたのか、にわかに「個性重視」「型にはまらず、自己主張できるような、ユニークな人間を育てる」とかいう方針転換になり、英語教育もディベートも、今後さかんにするような話ですけれど。

てことは「葵」「菜々緒」みたいな個性の子供も当然、容認ですよね? わー、大歓迎だよ。もっと推進しておくれー。

とは言え、横並び主義社会で育って先生になった世代が、どうやって「個性重視」の次世代を育てるのか。「葵」「菜々緒」タイプを否定せずに認めて伸ばせるの? とも、ちょっとうがって思ったりして。
いっそドイツ行って授業視察して、議論の仕方を習ってきたらいいんじゃないかと思うのですが。

ドイツ人は「なぜ・warum」と「なぜならば・weil」をすごく重要視する国民性です。とにかくディベート大国で、いつもどこでも議論してる。酒場でもビール飲みながらwarumとweilって長々やってるくらい。

対して日本では「なぜ・自分はどう思ったか」「自分はどう行動したいか」よりも「横を見て隣と同じなら安心」「前例に従っておけばOK」みたいな意識が強いですよね。「和」の精神からきた文化なのかもしれませんが、自分がどういう意見なのかを考えることから思考停止しているのはよろしくない。

なぜってこのグローバルな時代に、議論が苦手。
「自分はその意見に反対だ、なぜならばこう考えるから」が言えないというのはけっこうまずいんじゃないかと思うのですよ。
思考停止していたぶん、力が全然磨かれていないわけなので。

本当は自分とちがう意見を言う人こそ、注目したほうがいい
「あの人は私を否定した。キライ」←申し訳ないけれど、これじゃ幼児の思考です。
「私を否定した」んじゃなく「私の『意見を』否定した」だけだし。

自分の意見はこの世で絶対の正義じゃない。むしろ自分の主義と相反する「正義」なんてごまんとあるんだと思ってなきゃいけない。

こういう場合、とるべき反応としては、「キライ。排除」ではなく、「どうして?なぜそう思うの?」です。

話を聞いてみたら、そっちの意見のが案外良かったりするかもしれない。
自分が気づかなかった視点や繊細さ、思慮深さを持っている発言かもしれない。

だから、ゆきうさぎは「横並び」「画一主義」が苦手です。
横一線に並んだ瞬間に、すべての個性も、そこから発展できたかもしれない可能性も、消えてしまう。
けれども、
自分の考えや個性を確立し、大事にできないかぎり、他人を本当の意味で尊重することはできない。

よく「有能な人材が海外に流出してしまう」と言いますが、私は「翔」タイプの「見た目日本人」でも「中味は外国人」な帰国子女にも、本当は帰国してこっちに定着して欲しい。

「翔」みたいな若手が、母国を切り捨てて他へ飛び去ってしまうのって、結局ここより他のほうが自由で、ありのままの自分を認めてくれ、受け入れてくれるから。
だったらこれからはこの島国も、もっと多様性を認め合う社会になっていいんじゃないか。

そして結局そうなれば、今いる私たちだってより自分らしく、生きやすくなると思うのですが、いかがでしょうか。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

明日からは今日までとは一転して、エンターティメント性のある恋愛ファンタジーを載せていく予定です☆ 請うご期待。

それでは、また。
ごきげんよう。 

【すでに完結した短編小説はこちら↓】
 

 【詩エッセイシリーズはこちら↓】