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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【ブログ運営】はてなブログを毎日更新・半年継続して感じたこと

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みなさま、こんにちは。ゆきうさぎです。

はてなブログを始めて、あっという間に半年が経過しました!
私はこの間、厳密に言うと帰省とトライアル(←はるなぴさんの記事を読んで、休んだらどうなるか試してみた)で2日お休みしたのですが、180日超でほぼ毎日ブログ更新してきました。

ついこの間100記事到達したばかりだけれど、気づけば200記事も目前です。
しかし4ヶ月超えたあたりから、常連様の入れ替わりを感じるようになり、毎日様々な記事を拝読するにつけ(約180日間・毎日読みこんだので相当量を読んだと思います)、私自身も自分のブログ運営について考えるようになりました。

ちょうどブログ開始から半年という節目を迎えたので、今日はこれまでに気づいたことや考えたことなどをまとめようと思います♪

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イラスト提供:ふわふわ。り

 よくお見かけするブログ記事の種類

はてなさんでお見かけするブログは、ユニークで様々なのですが、本当にざっくり分類すると、
情報系
日記系
写真系
創作系 など
って感じかなぁ。という印象。

継続しやすい内容のブログとは

毎日無理なく記事更新されている方は、日記系が多い気がします。
生活・思いなどを綴られて、少し写真を載せたり載せなかったり。
字数も、毎日更新の方はそんなに多く書かれていない。

私もかつて別ブログでは日記系記事も書いていました。
だからこのスタイルが書きやすいことは経験として知っています。
なので「ブログに慣れたい」「とにかく文章を書く行為を継続したい」なら、日記スタイルがやはり一番とっつきやすいのかな。と思いました。

それから、はてなさんは多いなと思うのが、情報系。
情報系のブログも毎日更新されているのを、わりとお見かけするのですが、だいたい3ヶ月くらいすぎると、更新回数に間が空いてくるような。。。

ただ情報系記事はすごく時間を割かれて調べて、文章も練って書かれている印象なので、これを半年やら1年毎日継続するのは、ちょっと大変だろうなぁと、拝読していて思います。

あ、お断りしておきますが、私は今まで毎日、記事をコツコツ読みこんできた所感をただ書いているだけなので、この点について、「こっちがいい」「こっちが悪い」などと、この場で善し悪しを論じるつもりはまったくございません!
あしからずご了承下さいませ。 

二つの悩み 

そんなたくさんの楽しく有意義なブログ記事を読みこんで行く中、よく以下の2点についてお悩みを呟かれたり、行間に匂わせている方がいるのにも気づきました。

①自分の書いた記事に価値を感じられない
②ブログを継続するのが苦痛、意義を感じられなくなった

うーん、これはけっこう「あるある」な悩みなのかもしれない。
しかしなぜ、そう思うようになったのか。

ゴミ記事と呼ばないで 

まず①自分の書いた記事に価値を感じられない、について、ゆきうさぎの所感を書きたいと思います。

更新継続したけれど「思ったほどアクセス数、読者登録数が伸びない」
だから「自分が書いてきた記事は、たいしたことがなくて……」
というか「あまり価値がない……」「ゴミ記事だ……」

みたいな哀しいつぶやきを、何度も目にしましたが。
ええ、そうかな~。そんなことないと思うけど。こんなオモシロイのに。
と思いながら、こちらは読んでまして。

ゴミって、ようは不要なモノって意味ですよね。。
でもそれって、誰に対して不要なモノなんでしょうか。

私は自分がこれまで書いてきた記事は、全部とは言いませんが、「この先10年たってもまぁそこそこ読めるんじゃないかな」と思っているんですよね。
このブログ、そんなにすばらしいアクセス数も、ブクマも、読者登録数もないですけれども。笑

その根拠として、
一つには、10年前に自分が創作していた詩を今、読み返した時に「そんなに古くなってないな。今でも読める」と思ったこと。
ただし、それはあくまで自分の主観にすぎないかもしれないので、実際に載せたらどう言われるかをこのブログでトライしてみました。←実験好き。

そうしたら、やっぱり響く人には響いて、ちゃんとうけとめてもらえたし、良かった、響いたと言って頂けた。
これは事実なので、根拠たり得るかなと。

また小説記事に関して言えば、私の小説は公募賞に応募して予選通過したりしている作品もあるので、対外評価頂いている以上、これもまったくの無価値ではないだろうと思うわけです。

というか、そもそも時間と労力を割いてわざわざ書いたものは、自分にとって「不要」じゃないんじゃないか。
とすれば、少なくとも自分という読者一人にとっては、その記事は「ゴミ」ではないはず。

あとお心が痛んでいて、どうしてもその痛みを吐き出さずにいられない、そんな記事もお見かけします。
「文章を書く」って「自分の想いを形にして、吐露する」ことでもあると思うので、やむにやまれず書いた、こういう切実な気持ちはけっしてゴミじゃないよなぁ、というか。。。

いいじゃないですか、「王様の耳はロバの耳!」って言ったって。

私は自分が創作文を書く人なので、するどい視点から情報を正確に分析して伝達するだけが文のすべてじゃないと思っていて。仕事していた時は散々アナライズしてましたし、読むのも好きですが。
感情が溢れている文は文で、アリなんじゃないかと。
読み手に不快感を与えるような、感情の発露はよくないなとは思いますけど。

ハウツー情報を鵜呑みにするのをオススメしない理由

しかしそもそも、なぜご自分の書いたものを「ゴミ記事」「価値がない」と考えるようになってしまったんだろう?
そう思った時に、「やっぱりハウツー本や、ネット情報のせいなんだろうか?」と。

よくブログを始めた頃「ブログは継続して100記事書きましょう、まずはそこから」
「思いつきで、なんの戦略も立てずにただ記事を量産するのではなく、書き方やら内容を精査して、読者に有益なものを書こう」
内容に価値があると世間が認めてくれれば、必ず成功する。グッドラック!」
みたいな話をハウツー本で読みました、ネットにもそんな話がたくさん上がってるのをお見かけしました。

でも、これってブログを収益化したい人のための情報ですよね。
そして私、5ヶ月目の運営報告で書きましたけれど、「ブログである程度、満足できるレベルの収益を得るって無理だよね~」と。
これ厳密に言えば、ずぶの素人には無理だよね、です。

この世の中には玄人さんズがいて(たぶんかなり母数に対しては少数)、その方達はたしかに、きちんと稼いでいるんだと思います。

ぶっちゃけ、かつてアメリカにゴールドラッシュなる時代がありましたよね。
あの時、実際に大金持ちになったのは、金塊を求めて殺到してきた人々に、金塊を掘るためのツールを供給した人たちだったとか

ジーンズも、あの時代に誕生したんですよね。元は金塊を掘るのに適した作業服(テント生地)だった。そしてジーンズ屋さんは大金持ちになったと。
探したら、詳細書いた記事を発見。↓

www.shacyoyutai.com
どうもブログ収益の話を見ていると、このゴールドラッシュの話に重なるような気がしてならない。
私のブログも月間報告記事のアクセス数は、わりと多いのです。常連様以外の方がけっこういらして下さっている。
それだけ皆さん、ブログ運営にはご興味がおありになるんだなと。

たぶん……あくまで私の所感ですが、ハウツー本とか、収益のお勉強をお手伝いします系サイトとか、ツールを使いこなす方法解説とか。
そういう所に、「ジーンズ屋さん」いわゆる「玄人さんズ」が多くいるんじゃなかろうか(もちろん、そうじゃない方もいると思いますが)。

だから上記した「内容に価値があれば」っていう真の意味は、ようするに「ブログの運営方法、収益の上げ方」について「価値ある内容を書くこと」なんじゃないのか?
とすると、やはり「ずぶの素人」が同じ方法で収益を上げるのは、無理なんじゃないかという結論に至るわけで。

ハウツーはハウツーでアリだと思うんですよ。
だって始めたばかりのころって、右も左もわからないじゃないですか。
やっぱり基本的なツールの使い方とか、そういうところはさくっと学習終了して、早いとこ書くところに傾注したくないですか? あ、ゆきうさぎだけ?

ただ、ハウツーをすべて鵜呑みにするのはオススメできない。
私の仮説が正しいかどうか、すべてが明るみに出ているわけじゃないから実証はできないけれど。
ハウツー系にいる玄人さんずたちは、お客さんが減ったらジーンズ売れなくなるし、商売敵増えたら取り分減っちゃうだろうから、たぶんハウツー情報の中で全容をセキララに開示はしていないはずです。

ようは、なにが言いたかったかというと「この記事はゴミだ」と落ちこむ必要は、全然ないかと。

別にブログに限らずだと思うんですけど、情報って他人様の知識なので、自分が体感して真に獲得した学びとは、性質がちがうわけで。
情報を得るのはいいけれど、必ず自分なりに検証して、判定する過程が必要なんじゃないかと思ったりするわけです。

毎日更新のコツ・目的をもって記事を書いてみる

次に②ブログを継続するのが苦痛、意義を感じられなくなったというお悩みついて。
これを語る前に、まずゆきうさぎがこの半年、どうやって毎日更新を保っていたのか、そのコツを説明させて下さい。

塾パパさんがちょっと前に書かれていた記事に、以下の記事引用がありました(私、興味あれば引用記事も飛んで行って読む人です)。

manabiya.fab5.work

マナビヤさん、記事引用、失礼致します!
ここに出てくる「時間のレバレッジ」(仕事の時間を短くすることで成果を上げるということ)、「ゴールから予定を立てる」という考え方には、深く共感するところがありました。

ゴールから逆算してスケジュールを決めていく事で、自分が今何をやらなければならないかを明確にしていくこと。逆に言うと、やらなくていい事も明確になるので、無駄な時間を省くことも出来るようになります。

無駄な時間を無くすということは実質的に時間を増やすということ。
(「自己投資して自分の時間を増やす方法」から引用)

これって、ブログ運営にも言えることなんじゃないかな。

たとえば私がこのブログを始めたのは、Yahoo!ブログさんからある日連絡を受けたのがきっかけでした。
「長らくご愛顧頂きましたYahoo!ブログは本年12月をもちまして、営業終了します。したがいまして貴方様が以前お書きになられたブログ記事も12月で全消滅します。もしそれがお嫌であれば、どこか他社さんのブログへ移行手続きを行って下さい」

私は10年前に2年ほどYahoo!ブログを運営していました。
当時は第一子の妊娠・出産時だったので、その日々の記録と、仕事が育休に入ったので隙間時間に好きだった創作を再開したいなという気持ちから、詩を書いていました。

ただ2年が経過し、夫のベトナム赴任が決まって、新天地に馴染まなくてはならない、いろいろ変化が起きる中で、「やっぱり小説書きたい……」気持ちも再燃してしまい。ブログ記事を読んで下さったプロ詩人の方から「ゆきうさぎさんは物語書いた方が性に合ってそうだよね」と指摘を受けたのがきっかけ。

こうなると、どこかの時間を削るしかなくなったわけで、ブログを休止し、そのままになっていたわけです(休止していた8年間はずっと小説を書いていました)。

そこで今回、なりゆきで本ブログを立ち上げる際に、以前の記事をふりかえった結果、
日記はもう古いので手持ちにしよう。しかし、詩は今でも通用する内容だと思うから、これにエッセイを加えて新ブログに移行しよう
という計画をたてたわけです。

だからはてなブログを始めた当初の目標は、
「『夢たび』詩エッセイを書ききる」こと。

また巷で言われていた「100記事毎日更新すれば、何かが起きる」説を実践して確かめてみたい気持ちもあったので、これも目標でした。

ただ夢たびだけだと、100記事分なかったんですね。
厳密には夢たびは103編あるから、100記事ちゃんと足りてたんですけど。
最初のほうに詩を3つとか2つとか、がっちゃんこして1記事にしちゃってたので、80弱に縮まっていたという。←ここらへんは走り出してから気づいた。

そこで記事を作成するにあたり、ハウツー本に「自分にしか書けないオリジナルの内容にしろとあったので、とりあえず創作なら他の人とは絶対に被らない内容だから、小説も載せてみようかなと考えました。

次なる目標として「短編を数編載せて、完了してみる」というのをかかげ、それを実践です。

実際にやってみたら、短編でも読者様がつくことがわかったので、さらに次なる目標として「中編を載せて完了してみる」というトライアルを実践。

この中編は一昨日も書きましたが、掲載するうちにどんどん原稿が増えて長編に近くなってしまいました。
始める前には思いも寄らなかった「意外とブログに長い話を連投すると、小説修行になる」事実に、やってみて気づくことができたわけです。

こんな感じで次々に細かい目標をたて、実践と学びと検証をくり返しながらこれまで運営してきたのが、当ブログです。

ですから、
「毎日ブログ更新するためには、なにが必要か。」
今そう問われたら「目標を持って、ゴールから逆算しながら記事を書いたらいいかもしれないです」というのが私の出した答えです。

心は、移ろうほうが自然

目標を立てて記事を書くのには、じつはもう一つ、けっこう大事なんじゃないかと思われるメリットがあります。
それは「辞め時」の判断材料になるという事実。
これは、かつてYahoo!ブログを2年運営していたところから来る反省点でもあります。

かつて私は育児日記も書いていました。
だからわかるのですが、日記は続けやすく、辞めにくいという特徴があります。

「書き続けることが目標」「気持ちを整理したい」「この状況を知らせたい、なにがしかを伝えたい」場合に、日記系は最良の選択だと思います。
とくに闘病されている方達の言葉は、胸に突き刺さるものがあります

ただ現状が切実な状況というわけでもなくて、ぼんやりとなんとなく書き続ける状態にあった場合、それをそのまま続けていくことには、ちょっと疑問符がつく。
かつて、くまのプーさんが「終わらない物語なんてないんだよ、クリストファー」って言ったように、小説に限らず「始まりあれば終わりあり」のほうが、物事って自然な流れなんじゃないか……と思うわけです。

私の場合、読んだり書く行為自体はなんら苦でないという性質もあって、なんとなく2年間、前ブログに時間を使ってしまったんですね。
もしプロ詩人の方にアドバイス頂かなかったら、あのまま小説書かずに、いまだ日記ブログを書き続けていたかもしれません。

そうしたらこのブログに掲載した小説も、手持ち原稿も、全部なかったかもしれない。
ちなみに小説原稿は(20行×20字:1枚)この8年で3600枚くらい書いていました140万字超くらいか。

小説は構想を練って、章立てして、一文一文精査し推敲して完成させ、時には投稿して対外評価をもらって反省し、次につなげるわけなので、上記の量を考え考え書いてくれば技術だって、多少は昔より向上したはず。←なーんて言っても、いまだアマチュアですけどね……と自虐ツッコミ。苦笑

しかしあのまま漫然と日記を書いていたら、日記を書くテクニックはブラッシュアップしたかもしれないけれど、物語を書く能力自体は、学生時代からなんら進歩していなかったかもしれない。
私は日記より物語を書きたい人なので、そう考えると、ちょっと恐ろしい

「こんなブログをつくりたい」
「こんな記事群を書きたい」

あらかじめざっくりとした絵を描いておき、それが達成されたら一応、完了とする。
そこでいったん立ち止まり、必ず振り返って検証してみる。
そこから、まだやりたいこと、やり残していることがあれば、次の目標をたてて実践する。
しかし、その時点で「もういいや」と思えたら、そこで一区切りとしてもいいと思います。

人生は流れゆくもので、ブログを始めた時とまったく同じ環境のままの人なんていないんじゃないでしょうか。
毎日過ごす中で、刻一刻と自分という存在が移ろい、変わっているのだから、始めた当初と同じ感情のままとはいかないほうが、むしろ自然なんじゃないかなぁと思うわけで。

ここで第二の悩み、②ブログを継続するのが苦痛、意義を感じられなくなったに戻りますと。
「書かずにはいられない」時は、ただ書いたらいいと思うのですが。
「最近、なんだか筆が進まない……」「書くことがなくなってきたような……」「以前ほど、楽しく書くことができない……」と思った時には、
飽き性だからブログに挫折した。とかではなく、

やりたいことを成し遂げたから、次のステージへむかうため、今の場所を卒業するのだと考えてもいいんじゃないか。
たぶん、そのほうが時間を無駄にせず、有効利用できるのじゃないか。
そんなふうに思います。

おわりに・半年間ブログを毎日継続して今、思うこと

私は昔から、文章を書くのが好きです。
だから自分の文章に価値がないとか、文章を書くのが辛いとか聞いてしまうと、「そんなことないよ!」「大丈夫!」と、つい言いたくなってしまう。

私自身はこの半年毎日ブログを更新してみて、「はてなブログとは」「ブログの小説連載とは」「ブログの毎日更新とは」というところに関しては、おおよそ体感、分析、理解できたように思います。

そして昨日の記事で書いたとおり、ここでの活動の結果エブリスタ枠を開設したので、今後(新年以降)は小説はあちらに掲載し、はてなブログさんのほうは近況報告やら、ぽつぽつ実用単発記事を書けたらいいのかな~、とも思案中。

正直、小説を上げるなら、あちらのが読みやすい気がしてきたのですね。特化サイトですから。←今まで小説投稿サイトをよく知らなかったので、ブログに上げていた。

ただ、はてなさんはこの半年間の学び舎であり、ブログを通じて知り合えた方達との交流の場であり、財産だと思うので、今後も大事にしていきたいと思っています。

長くなりました。ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
自分の心に言い聞かせる意味も含めて、最後にジョン・F・ケネディの名言を引用して終わりにしたいと思います。

目的と方向性がない場合、努力と勇気だけでは不十分である
Efforts and courage are not enough without purpose and direction 

この記事が、どうか悩める方々の心に響く内容でありますように。

それでは、また。
ごきげんよう。