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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 19

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初めての皆さま、こんにちは。ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。

着想は10代の終わり頃。元原稿が2014年作。
これをこのブログ用に加筆修正している間に、元原稿の1.5倍くらいの量になってしまいました 汗
楽しんで記事にしていきますので、よろしくお付き合い下さい。

『西暦2122年。――一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。

天音の研修補助員(サポーターズ)で同居人の黄龍(ファンロン)は、三つ年上でベトナム出身の英才冷血宇宙飛行士。二人は一緒に暮らすうち、相手を意識するようになっていく。黄龍は余暇に、天音をISSB―Lab(国際宇宙植物園)、通称『楽園(エリュシオン)』への小旅行に誘うが、かつての兵役で負った神経毒の後遺症で錯乱状態に陥ってしまい――。』

読者のみなさま、引き続きエリュシオンをお楽しみ下さい♪ 今日は黄龍の過去がちょっと解き明かされますよ~。
【最初から読みたい方はこちら↓】

宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 7ー3(19)

「ここはたしかに『楽園(エリュシオン)』よね。まさかこんな天高くに、失われた景色が保存されているなんて」

人はいつの日にかまた、この胸が痛くなるほど懐かしい風景を、母なる地球に戻すことができるんだろうか。

いや、できるか、じゃない。やらなくちゃいけないんだ。やれると信じなくちゃ。

「ありがとう」

天音は深く息を吐いた。なにか心の底で想いが強く大きく固まった気がする。

「やっぱりエリュシオンに来てみてよかった」

「……どうしておまえは、いつもそんなふうに前向きに信じられる」

昼食後、自室に通信を確認しにいってから口数少なかった黄龍は、横でかすかに顔をゆがめると、

「俺には無理だ」

その呟きがあまりに鎮痛だったので、天音は目を見開いた。

「え?」

「もともと『楽園(エリュシオン)』ってのは、死後に選ばれた者のみが入ることを許される、ギリシア神話の『天国』だろ。だとしたら俺は、元来ここにはそぐわない人間なんだ」

「やだ。なんでそんなに暗くなっちゃうの? 大丈夫よー、心配しなくたって。黄龍だって天国に入る資格くらい、ありますよーだ」

わざと明るくはしゃいだ声を出すと、黄龍はしばらく押し黙った。それからふいに問いかけるようにこちらを見た。

「実の母親を……殺していてもか?」

 天音は息をんだ。

「なに言ってるの、黄龍……」

「嘘じゃない」

 俺は、と黄龍は堪えきれなくなったように吐き捨てた。それから口をつぐむ。唇の端がゆがんで、最後の抵抗を試みるようにつかのまの沈黙があった。

「……十の時だった。俺の本当の親父が突然、心筋梗塞で倒れたのは」

天音はこくりと喉を鳴らした。

今、この人の心の扉が開いた。

来る。押しこめられていた感情の波が、堰(せき)を切って。

「地元じゃ美味くて有名なベトナム小料理店の店主だったんだ、俺の親父は。俺は界隈じゃちょっとした悪ガキだったが、親父や周りの大人達からけっこう可愛がられてた。親父に言われてよくcà phê sữa đá(カフェ・スア・ダー)ってアイスコーヒーを入れるのを手伝ってたのを覚えてる。濃厚で甘くて、ほろ苦くて。子供ながらに好きな味だった――」

あの頃は自由だった。今でも一番懐かしい、と黄龍は呟いた。

「親父は……手はつくしたが助からなくて、葬式後に生前の借金が発覚した。母はすぐ借金相手に示談しに行ったよ。そいつはロシア国営石油会社の幹部で、サイゴンに駐在していたからな」

「ロシア人……?」

天音は思わず首を傾げる。
そうだ。黄龍はベトナム人なのに、どうしてロシアに渡って宇宙飛行士になったのか、ずっと疑問だった。もしかしてその人と、なにかが――あった?

「ああ、そうだ。やつは本国じゃ上流階級の人間で、親父の常連客。母とも顔見知りだった」

親父が借りた額なんか、あいつにとっちゃはした金だったはずだ、だがあの男は示談を断り続けた、と黄龍は苦い毒を飲み下すような顔で話し続ける。

「だから権力も金もない母は、やつのところへ通い詰めるしかなかった」

「……」

おまえ、俺の言ってる意味がわかるか、と黄龍はかすかに天音を見た。

「その時、やつの妻子が本国にいたのも不運だった。そう……母は借金を帳消しにしてもらう代わりに、やつと寝たんだよ。何度も」

今にして思えばもともと心臓の悪かった親父に借金をさせ、店舗拡大をちらつかせて馬車馬みたいに働くようしむけたのも、あいつの策略だったのかもしれない、と黄龍は痛みをこらえるように毒づく。

「そのうち帰国が決まると、やつは母と俺を連れてロシアに戻った。母の美貌と色香に完全に参っていたからな、もう手放せなかったんだろう」

そして、いつのまにか俺はあの男の養子になっていた、と黄龍は言った。

「はっ、まったくもって、この人生が理解不能だったよ。昨日までサイゴン街の悪童だった俺が、言葉もろくに通じないロシア男を今日から親父と呼べと言われ、右も左もわからない異国につれていかれ。問答無用で士官学校の寮にぶちこまれたと思えば、知能指数テストの結果に大騒ぎされたあげく、今度は英才教育を強要されたんだからな」

だが……生まれてこのかた常夏しか知らなかった俺に、ロシアの冬は寒すぎた、と黄龍は遠い目をした。

「冷たかったな……人も国も。あいつらはまず、俺の肌の色を見た。黒い奴がなぜ自分たちの場所に、と。それから顔の美醜を確かめる。野卑なまなざしで品物を査定するようにだ。そして容姿が気に入ったら、次は能力だよ。利用できそうだとわかるや猫なで声で手なずけようとするが、けっして同等だと認めているわけじゃない――」

俺はずっとベトナムの熱い太陽が恋しかった。俺を差別しない、裏表のない故郷の仲間達が、と黄龍は呟く。

「わかるか、天音。連れて行かれた先じゃ誰も俺を見ていなかった。見てくれないんだ。あいつらが欲しいのは俺のこの顔や身体や頭脳で、俺自身じゃない。いっそこの身がもっと醜く、愚鈍だったらよかったのにと、何度も自分を呪ったよ」

天音は声もなく黄龍を見つめる。

なにかあるとは思っていたけれど。

あまりに複雑な身の上話に、どう反応したらよいのかわからない。

「その後、あの国特有のエリート養成がはじまってから先は単純な一本道だ。俺は飛び級で一流大学に行き、数値流体力学を学んで主席で卒業した。それから兵役をへて、今までの実績から宇宙飛行士の養成機関に送られたんだ」

養父は大喜びだったぜ、とまるで他人事のように黄龍は言った。

拾った犬に餌をやったおかげで、自分も本国の一流人たちから一目おかれるようになったんだから。

「だが本妻の嫉妬は頂点に達した。――十九の冬だよ、母が首をくくって死んだのは」

「自殺……したの?」

「そうだ。その頃にはもう、わかってたんだ。母が俺の才を伸ばそうとして養父の愛人になったことくらい」
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20に続く>>http://www.yukiusagi.site/entry/sora-20

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