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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 2

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みなさん、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
昨日から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。
たぶん連続20回くらいの予定。

『  西暦2122年。国際宇宙気象観測所、通称ISSOM。もとは温暖化が進んだ地球を観測するための長期滞在型衛星だが、今では国境を越えて連携できる各分野の若手専門家育成にも力を割いている。

ベトナム出身、ロシア連邦宇宙局の宇宙飛行士、阮(グエン)・文(ヴァン)・黄龍(ファンロン)はISSOM赴任初日に、懐かしい顔に出会う。それは、かつて戦線を共にしたオリビエだった。』

この物語の着想は、20年ほど前。
2014年に創作した原稿を手直ししながら、記事にしていく予定です。

読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪


【最初から読みたい方はこちら↓】

宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 1-2(2)

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「ソラって言う。日本の環境庁から派遣された研修生さ。異常気象の連鎖について論文を書いてる。ソラ、こちらはファンロン。ロシア連邦宇宙局の宇宙飛行士(コスモナート)」

すると華奢な肩を緊張させ、ソラはぎごちなく頭を下げた。細っこい眼鏡の縁が揺れ、うるんだ瞳がこちらの様子を控えめに仰ぎ見る。

いかにも影が薄い、頼りなげな表情をするやつだった。

俺はソラの目尻が、まだほんのり赤いのを見逃さなかった。

しかたがない。なぐさめるのは柄(ガラ)じゃないがーーここはやはり、励ましてやるべきなのだろう。

「災難だったな」

「え?」

先ほど、講義の一部始終を見ていた――その事実を隠すつもりなどなかった。

――なにを考えているんだね、君は。

ISSOM二代目所長、マルティン・シュバイツアー博士は世界的に名の知れた衛星工学の権威で、この観測所の看板教授でもある。

もうすぐ七十代になるはずの老人は、数式のように明解な口調できびきび話した。

――ここは観光名所じゃない。真剣な学びの場だ。ぼんやり座って時を無為に浪費したいなら、自国の大学で存分にやりたまえ。

厳しいと噂の教授が発する言葉には、もし、だとか、たぶん、が入りこむ隙はなく、明解に論理が頭に入るドイツ語然としたもので。

――日本には寡黙を是とする気風があるそうだが、ここでは持論を述べぬ者は、頭を働かせていないと思われても仕方ないぞ。次は貴君の有為な発言を求める。

講義終了後にソラが教授から受けた叱責には、あの場の誰もが萎縮する苛烈さがあった。

「あの……」

だから皆が知っている。

教授の去った後に、ソラが眼鏡を外して手を顔にやっていたのも。耳たぶを赤くしてうつむいていたのも。

「うじうじ失敗を引きずっていても、前進はないぞ。次はあの教授を見返してやれ」

そう言った瞬間、ソラは息を詰めた。まぶたが大きく開かれる。また涙をこらえているのだとすぐに知れたので、わざと素っ気ない言い方をした。

「俺はファンロン。グエン・ヴァン・ファンロンだ」

「グエン、ヴァン……?」

相手がまるで幼児みたいな復唱をするので、深く息を吐くと、食いかけのバゲットが乗った皿を横にずらし、ゆっくりと机に指をたててやる。

「漢字ではこう書く。阮(グエン)・文(ヴァン)・黄龍(ファンロン)」

「あ。なるほど黄龍、さん……」

ふん。日本人が、今でも中華の文字を使っているってのは本当らしい。

「両親とも中国系なんだ。俺の祖国では多いんだが。ま、ひとつよろしく」

「は、はい、こちらこそ」

差し出した手を、細い指が軽くにぎった。

ずいぶん白い手首だな――とその時、不覚にも目を奪われた。

サイゴンにも美人はたくさんいたが、こんなにきめが細かく透き通る肌質の女は、そういなかった気がする。

「あ、私の名前はこうです、天音(そら)」

その柔らかな指が、机に文字を書く。

「名字は一ノ瀬」

こいつが一ノ瀬天音、と心の内で復唱した。

(天音、か。まるで本人の指みたいに、不思議と和む文字を使うんだな……)
 
一ノ瀬天音。ベトナムの寺院で見た天女像のようになよやかな、気弱で子供みたいなやつ。
それが天音の第一印象で。悪いがとても異性として惹かれるような相手じゃなかった。

だからその時は、天音のその先の人生に立ち入るつもりなんて、さらさらなかったのに。

出会ってしまったのは偶然だろうか。

それともやはり、仏陀のいう因縁の結びがあったのか。

――ともかくそれが黄龍として唯一、心を通わせた女との出会いだった。

                    2


壁に埋めこまれた液晶パネルが、ふいに戦禍を映し出す。

焼け落ちた家屋。残骸の転がる路傍で呆然と立ちつくす母親と子供。

今度はどこの国だろう――天音は手を止めると、画面に見入った。

画像は最近、急速に世界に拡大した過激派組織のトレードマークを映した。天音も見覚えのある、海賊旗のような毒々しい赤地に黒と黄の双頭鷲(ドッペルアドラー)。

いやだ、また無差別テロ。

手を上げて画像にかざす。瞬時に人感センサーが働き、不愉快な映像は途切れて漆黒の宇宙と蒼い惑星が現れた。

(こうしてISSOMから見る地球には、国境線なんか引いてないのに……)

人なんて、本当は地球上でもとりわけ弱くて愚かな生き物なんじゃないか、という淡いいらだちが胸をよぎる。

(どれほど進化しても、宇宙にまで到達しても。人の性根って変えがたいものなのかも)

 まな板の上で逃げるタマネギをくし切りにしながら、天音は筋力維持管理センターでエレンが吐いた言葉をぼんやり思い返していた。

――聞いた? 同期で医局に行ったアメリっていたじゃない、あの娘(こ)さっそくファンロンに目をつけたって。

同期研修生のエレンは米国人で、天音と同じく本国では環境保護庁に勤務している。

本人曰く菜食主義者(ベジタリアン)だそうだが、常に水代わりに清涼飲料水を傍らに置いているせいか、エレンはお世辞にも痩せているとは言えない体型だった。

3に続く>>http://www.yukiusagi.site/entry/sora-3

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