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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 3

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みなさん、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。
たぶん連続20回くらいの予定。

『  西暦2122年。国際宇宙気象観測所、通称ISSOM。もとは温暖化が進んだ地球を観測するための長期滞在型衛星だが、今では国境を越えて連携できる各分野の若手専門家育成にも力を割いている。

ベトナム出身、ロシア連邦宇宙局の宇宙飛行士、黄龍(ファンロン)はISSOM赴任初日に、懐かしい顔に出会う。それは、かつて戦線を共にしたオリビエだった。』

この物語の着想は、20年ほど前。
2014年に創作した原稿を、手直ししつつ記事にしよう。
と思っていたら、現在、手直しがどんどんエスカレートして、お話しが長くなっております!!
はてさて、どうなることやら。

読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪


【最初から読みたい方はこちら↓】

宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 2-1(3)

f:id:yukiusagi-home:20191025163641j:plain――あのフェロモンだだ漏れ女ったら、整った顔立ちとみれば、誰彼かまわずすり寄るんだから。ちょっと胸が大きいからって、あれだけ節操なく襟元開いてスカート丈短くするなんてさ。
そういう仕事でもないってのに、まったくイカれてるわ。昔、やくざな男とでも付き合ってたんじゃないのっ。

 週に数時間義務づけられている運動プログラムに沿ってルームランナーに乗ったエレンは、太った腰を揺らし、肉付きのよい腕を大仰に振りまわす。

――だけどアメリ、笑えることに今回はファンロンに一蹴されて撃沈したみたいで! 世の中、色仕掛けに興味ない男だっているってことよ、あーいい気味、あっはっはっ。

――ええっ、もしかしてエレンも、ちょっとだけ黄龍のこと、気に入ってたの……?

おそるおそる聞いてみると、エレンはふふんと鼻を鳴らした。

――ソラ、あんたって、ほんとに鈍いわよねー。ファンロンってベトナム人でしょ。それが今、ロシア連邦宇宙局で正規の宇宙飛行士やってるってことはよ? いくらベトナムとロシアのつながりが昔から深いって言ってもさ、あれ絶対、生半可なエリートじゃないって。同じ講義に出てる女子で、注目してないほうが珍しいんじゃない。

それにねぇ、黒髪は白人種からは人気があるのよ、とエレンはにやりとした。
加えてあの精悍な印象の褐色肌に、引き締まった体躯と、黄色人種にしては高い背でしょ。

――今はもう、百年前みたいに宇宙飛行士が別格扱いされる時代じゃないけど。それでも宇宙船の操縦免許なんて、誰にでも取得できるわけじゃないからね。
ロシア宇宙局からの視察要請を受けて研修講義にも参加しているって話だけど、あの人って本来ならもう、私たちの受けている研修なんて、やらなくてもいい人なんでしょ、オリビエと同じ研究員なんだから。

そう、今でこそ業務のかたわら、気象学にとどまらず国境を越えて連携できる医療、理化学、工学など各分野の若手専門家育成にも力を割いているが――ISSOMはもともと、温暖化が進んだ地球を観測するための、長期滞在型衛星だった。


天音のような気象観測士の研修生は育成プログラムに組みこまれ、研修補助員(サポーターズ)に指導を受けながら、時には中央管制棟(セントラルコントロールタワー)で行われる専門外の講義にも参加が義務づけられている。
だから黄龍と一緒の講義に同席することも、たまにあったのだ。

――ソラはどうなの。同じアジア圏の出身者から見て、あの人をなんとも思わないわけ?

言われて首をかしげた。

何かと我を尊重し、意見を表明し、声が枯れるほど議論する多国籍組織にあって、黄龍はなんというか……一人だけちがう匂いがした。

黄龍とは今まで数回、同じ講義に出席しているけれど。
あの人は……一言で言えば非常に優秀で。

黙しているわけではないが、かといって軽々に口は開かない。
要所要所でずばり核心を突く。最初から結論が見えていたかのように。

(黄龍は、なんだか私には凄すぎて、遠いかな……)

きっと天音には想像もつかないくらい、頭の冴えた人なんだろうなとは思う。

無駄を嫌うのはたぶん口だけではない。あの贅肉のまったくない鍛え抜かれた体つき、しなやかな身のこなしや雰囲気からも、なんとなく想像がつく。

――そうそう、彼、専門は航空宇宙工学なんだって。教授が描いた設計書に文句つけて、目の前で修正してみせたって。ここのルームランナーマシンの速走数値、記録更新したのもファンロンらしいし。とにかく注目株よー。

どこの部署のどんな人種とでも、いつのまにか仲良くなってしまうエレンは、今回も情報通だった。

――しっかしこのISSOMって、やっぱりすごい衛星だと思ったわ。ああいう恵まれた資質の人も、いるところにはいるもんなのねー。彼も、あれでもっと友好的だったら完璧なのにねぇ。


(いいなぁ。私なんて走るの遅すぎて、ルームランナー、何度やり直ししたかわからないのに)

それでも、少しなら強化(パワード)スーツを装着して走るのもアリだよ、との愛用者(エレン)の助言は素直に受け入れられない。

なんだか一度でも、なにかに甘えると歯止めがきかなくなるような気がするから、手を抜くのが怖いのだ。

たいした実力もなく気弱なくせに、意地っ張りな自分がいやになる。

「はあ……やっと、終わった」

まぶたの裏まで突き刺すような痛みに辟易しながら、ようやくタマネギを切り終えた。

慣れた手つきで鍋に油を引いて炒め始める。飴色になるまで根気よく炒めなければならない、今夜はオリビエが美味しいと言ってくれたオニオンスープを作るのだから。

――へえー。日本の女性がみんなこんなに家庭的なら、僕は日本人に生まれたかったよなぁ。

一点の曇りもなく嬉しそうに喜んでくれる笑顔が見たくて、一緒に暮らし始めてからずっと食事を作るのは天音の役割だった。

料理は得意だし、好き――。

そう、天音とオリビエは同居している。

といってもルーム・シェアリング――台所や居間を共有しながら個室だけプライベート仕様で住む形式で。

研修生は利便性の関係から研修補助員(サポーターズ)と同居する者が多いのだ。

(今日は医局の打ち合わせがあるって言ってたけど。オリビエ、まだ帰ってこないのかな……)

こういう人工物に囲まれた空間にあって、地球と変わらない所作は不思議と心が安らぐ。
ひたすらヘラを動かしながら、吸いこまれそうになるほど綺麗な瞳の色を心に描いた。

暮らし始めたころは紳士然としていたオリビエも、今では朝の挨拶代わりに頬にキスしてきたり、ソファに肩寄せて座りながら、天音の受けた講義を丁寧に解説してくれたりしている。

でもあれは……、どういう意味だったのだろう。

三日前、オリビエがふいに個室のドアをノックしてきたのだ。少し焦った子供のような表情で。

――悪いんだけど天音、洗濯洗剤、余ってない? 買い置きをきらしちゃって。

洗濯機は共有しているが、洗濯は一応、別々にしている。机に向かっていた天音は思わず相手の焦りが伝染してしまって、せわしなく立ち上がり、横の戸棚を開けた。

――いいよ、普通用? それともデリケート洗い?  柔軟剤もあったほうがいいのかな。ひゃっ、やだ落ちるっ。

あわあわしているとオリビエが慌てて近づく気配があって、傾いた洗剤の箱が宙で止まり、無事に棚に戻された。

――あ、ありがと……え?

と、急に後ろから腕が回された。

――ああ、なるほど。天音のいい香りって、この柔軟剤のだったんだ。

うそ。抱きしめられてる。そう気づくのに、数瞬を要した。

しかもオリビエの息が首筋にかかるほど近くにある。驚いて身体を反転させると、さらにきつく抱きしめられて――。

それまで何度もハグした経験はあったけれど、あの時だけは胸板に押しつけられた両手が痛いくらい力が強くて、天音はその強さに目を見開いた。

――オリビエ……?! 離し……て?

――うん。……天音はなんにでも一生懸命だから。本当に……可愛いよ。

あの言葉は一体、どういう意味だったんだろう。

相手は真剣で、なにか言いたげな、熱っぽいまなざしをしていた。しかもなかなか腕をほどいてくれなかったのだ。

これまで人生で一度も、そんなふうに抱きしめられたことなんてなかったから、どうしたらいいのかわからなくて……天音はけっきょく一言も言葉を発することができなくて。

それなのに――。

オリビエの帰国を知らされたのは、その翌日だった。

4に続く>>http://www.yukiusagi.site/entry/soa-4

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