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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【短編小説】集英社短編小説新人賞・もう一歩作品『ベトナムの、宵空に誓う』6(終)

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  その時、背後から声がかかった。

ふり返ると良介(りようすけ)の同僚のグエンさんが立っていた。

華菜(はな)より八つ年下だが、いかにもできる理知的な目をして、秘書風の華やかなブラウスにタイトスカート姿。

この街の大学を主席卒業した才女は英語も華菜よりよほど堪能で、しかもすでに二児の母だった。


「ご飯食べた?」

「ううん、まだ」
「そっか。桜はどこ? うちのカンとお宅へ寄ったら、散歩に出たっていうから」
「ああ桜なら、あそこ」

 

華菜が前方の広場を指さすと、

「……誰あの子。知り合い?」
「いや、全然。今日初めて会った子」

 

 あ、そう、とグエンさんは腕をくむと、
「しかし桜って色が本当に黒くて、全然日本人に見えないね。まるでベトナム人だねって、さっきお宅のガードとも話してたんだ」


 華菜は苦笑した。地黒を褒められても、色白の子供を産みたかった私としては複雑だけど。

グエンさんが屈託無く笑うので、褒め言葉として受け取っておく。


「それより華菜さん二人目できたって本当?!」

 

華菜は一瞬息をつまらせた。

おい良介め、まだ言うなと言ったのに。

 

「おめでとう、良かったね! で、男子?」

 

 たぶんうれしかったんだろうが、黙っていられないとか、あいつ子供か。

まだ安定期でもないのに――きっと明日の夜までに会社はおろか使用人すべてに知れ渡るにちがいない。

 

「うんとねグエンさん、まだ一ヶ月ちょいだから。男かどうかなんてこれからっていうか」
「ああ。いや、ベトナムではね、男子のほうが女子より喜ばれるんだよ」
 知ってる。でも一応うん、と、うなずいておく。


「日本で産むつもり? ホーチミンにしたら」
「へっ、まだそこまで考えてない。正直私と良介(りようすけ)もびっくりで。日本の両親にも、なにも伝えてないし」
「絶対ホーチミンで産みな、華菜さん」

 

 グエンさんは念押しするみたいに、急に真剣な顔になって言う。

 

「身重になるまえにお祝いしたいから、街の仕立(したて)屋で服作るとか、どうかな。私の通い付けに連れていってあげる。興味ある?」
「あるある。ありがとう」

 

仕立屋。

華菜がひそかに胸をおどらせていると、

 

「あとさ……もし日本に帰るなら、その前に私にケーキの焼き方を教えてくれる? ほら、この間カンとお邪魔した時、出してくれた」

 

 ああケーキ。

たしかチーズケーキだったっけ、いいよオッケとグエンさんの華奢(きやしや)な肩をたたきながら、華菜は温度が一定にならないオーブンでも、なんとか焼けるレシピを頭の中ですばやく考え始める。

 

「華菜さんのあれ、本当においしかった。母にも夫にも好評で。そしたらカンがママも作ってっていうから。がんばってみたくて」
「うん、了解。帰国するにしても、まだ半年は絶対こっちにいるから。平日は仕事で忙しいよね? 週末に今度また桜とカンちゃん、うちで遊ばせよう。その隙(すき)に作ればいいよね」


 気安くグエンさんの顔をのぞきこんだら、美しい黒髪をかきあげながら、才女はふいに視線を子供のほうにそらした。

それで華菜もいつの間にかカンちゃんと桜と三人になった黒い集団を見やる。

 

おおっと? 

桜とカンちゃんは、ちゃっかり見ず知らずの女の子の母親から、ちょうどなにか食べ物をもらっている。

夕食用のバインミーだな。

 

しかし桜、あれだけベトナム語で話しかけられて、なに一つわかっていないだろうに。子供の適応力って本当にすごい。

 

 太陽はちょうど最後の光を投げて水平線のむこうに消えていき、代わりに白い月と宵の明星がまたたき始めるところだった。


「……もし、日本に帰っちゃうつもりでも」

 

 しばらく押し黙ったままだったグエンさんが、ふいに口を開いた。

 

「華菜さん、私とカンのこと、この街のこと、忘れないで。私はあなたが私にしてくれたこと全部おぼえてる、から……」


 ちょっと待って。相手の目尻に光るものを見たら、なんだかこちらも一気に感情が押しよせ、胸がつまってきてしまった。

 

いかんいかん、これは完全なる不意打ち。

でもここで泣いたら女がすたる。

しめっぽいのはがらじゃない。


「そだね。私も桜も、いつかはかならずホームに帰るけど。約束する、私も絶対にあなたたちを忘れないよ。大丈夫、同じ空の下、元気でいればまた、かならず会えるしさ」

 

腹に力を入れて笑い、握手するための右手をさし出すと、グエンさんは目を見開いて蓮の花みたいにほほえみ、それから華菜の手をぎゅっとにぎった。


そうだ、忘れない。
この紫の空にかがやく一番星も、ほおをなでる潮風も熱い喧噪も。

ここに住む人たちの強さも優しさも。

一つ一つこの心にきざみつけ、自分のものにして持って帰る。

だから――。

 

カム・オン・ニュウ(ほんとにありがとう)。

ヘン・ガップ・ライ(また会いましよう)。

 

    了

 

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あとがき

 

みなさんこんにちは。ゆきうさぎです。

「ベトナムの、宵空に誓う」最後までお読み下さり、ありがとうございました!

この作品は2018年夏に書いて短編新人賞に応募したものになります。結果は「もう一歩」でした。

 

ゆきうさぎ、もともと大学のころから長編を書くほうが好きで、あまり短編を書いてこなかったのですが、好き嫌いもよくないな、ということで、ここ2年くらいは短編も書けたら書くようになりました。

 

そして気づいたのが、30枚という枚数は微妙にむずかしい。

まさに新人賞むき。

と言いますのも、30枚って、小説として読めるぎりぎりの枚数な気がします。

うかうかしていると、ほとんど展開できないまま、もう終盤になってしまう。

だから最初の1枚から、余計なことをやらずにどんどん展開していかなくちゃならない。

そこに「自分しか書けないオリジナル」を盛りこんだり「読者にアピール」したり「技を披露したり」いろいろやらなきゃいけないことがてんこ盛り。

 

うーん、30枚。

枚数的にはめっちゃ楽ちんなんですけど、意外や意外、簡単なようでむずかしい!

奥が深いです!

 

ちなみに、ゆきうさぎはだいたいいつもは恋愛もしくは冒険ファンタジーを書いているのですが、この話のちょっと前に、

保坂和志さんの「書きあぐねている人のための小説入門」中公文庫

という本を読みまして。

「とにかく、自分にしか書けないモノで勝負しろ!」

と書いてあったのに触発されて、めずらしく現代物を書いてみました。

 

というより、これってほぼほぼ、ゆきうさぎのベトナム生活総集編なんですね~。 ネタは実体験(だから絶対に他人からは真似されない)。

 

ただ、保坂さんの本は初心者にはちょっとむずかしいです。

小説を書き始めた初心者ハウツー本で、ゆきうさぎがよく参考にしていたのが

久美沙織さんの「新人賞の獲り方教えます」

「もう一度だけ新人賞の獲り方教えます」

「これがトドメの新人賞の獲り方教えます」

の三冊。

めっちゃ実践的。

 

あと30枚の短編小説をどう書けばいいのか、という参考になるのが、以下↓。

 

cobalt.shueisha.co.jp

cobalt.shueisha.co.jp

三浦しをんさんが小説作法を事細かに教えて下さるこのサイト、小説家志望の方たちには、必見です!そのうち本になるんじゃないかと、ゆきうさぎは思っているのですがね~。はやくならないかな~~。

 

あと今回、はてなブログさんに小説を掲載するにあたって、

「これはこれで、けっこうむずかしいものだな」

と、思いました。

ゆきうさぎ、平常は一太郎の原稿モードで小説を書いているんですよね。

とにかくこのソフトが一番書きやすいので。

ただ、この原稿をはてなブログに貼り付けると、ただのテキスト形式貼り付けになってしまう。
あと、はてなさんってルビふるのがめっちゃ面倒臭いみたいで、HTML編集でいちいち埋めこまないと表示されないようなんですけれども、小説って普通、ルビたくさんふりますでしょ。

 

しかたないので、改行とルビふりは、はてなブログ更新の際に全部手直ししておりました。漢字をひらがなにしたり(かっこ)でルビをそのまま残したりして。

なので、小説記事は「原稿コピペ!記事即完了!」ということには、全然なりませんでした。

まぁ多少、「夢たび」よりは時間短縮できましたけれど。。。

というわけで

「原稿自体が完了してるなら、毎日5枚と言わず、もっと量を上げればいいじゃん、ゆきうさぎー」と思われた方もいらしたかと推察しますが、実際ね、30枚を載せるとなると、手間がかかるんですわ!

なので、短いような気もしますが、毎日更新だと原稿用紙5枚くらいがちょうど無理なく続けられる量なのかなぁ~、でしたっ。

あしからず。

 

そうそう、小説の中にありますグエンさんの

「ご飯食べた~?」

はですね、ベトナム人的な仲良し同士の「こんにちは」の挨拶なんですよ☆

ママ友のあいだで、よく街中で見知った顔に出会った時、「お疲れ~」とかいいあうじゃないですか。ああいうノリです、「ご飯食べた?」って。

30枚なんで、そういうのいちいち説明できてないんですけど、いちおうちゃんとリアリティをもりこむぞ、と、みなさんが気にしないような小さいとこも、書いておりました。

 

ベトナム、旅行に行かれる方は多いと思いますが。

なかなか現地で暮らして、外人の友達やらローカルな人たちと日常を共にしている日本人というのは、まだアメリカやらイギリスやらフランスなどに比べれば全然、人数が少ないと思いますので。

「ふうん、現地って、こんな生活なんだ~」

みたいなところを、楽しんで頂けましたなら、幸甚ですー。

 

それではまた。

ごきげんよう。