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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

育児主婦の思いを小説にしてみた『ステーショナリー・ワンダーランド』4

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初めましてのみなさま、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
ここのところ自作短編小説『ステーショナリー・ワンダーランド』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は4回目。

『夏休み、ショッピングモールの文房具屋に入った子連れ主婦・宇多子は、様々に並ぶ文房具を眺めながら、自分の来し方行く末をつらつら思い返していく――。』

読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪

ちなみにゆきうさぎ、10代のころから創作を始めまして、途中ブランクありましたが、もう10年以上は小説を書いてます。
懸賞小説にもときどき応募したり。予選に入ったり。そんなレベル。

 

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ステーショナリー・ワンダーランド 4 

 

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 緩む口元を引きしめて筆記具コーナーを抜けると、つきあたりには手帳が並んでいた。

 あら、と眉をしかめる。

たしか以前ここには別な品物が陳列されていたはずなのに。

 この店は不定期に売り場を変更するので、こうやって時々、目当ての物を探して、ぐるぐる店内を周回するはめになる。

 それにしてもさすがにまだ来年の手帳は売られていない。

九月末になったらまたここに来なくちゃ、と一応、手帳の並びも視察しておく。

(今年の新色は何色になるんだろう)

 宇多子の好きなN社手帳は毎年人気で、うかうかしていると売り切れてしまう。

 値段もそれなりにするので、本当はもう主婦で無職の宇多子などはあえてN社手帳を買わなくてもいいのだが、昔取ったなんとやらで、どうしても安物へ移行する踏ん切りがつかない。

(やっぱり、あの手帳じゃないとね)

 N社手帳をフル活用していた十年間は、宇多子の人生でもっとも綺羅綺羅しい時代だった。

 そう――あのころ宇多子はまちがいなく強者(つわもの)だった。

若く美しく、稼いだ金はすべて自分のために惜しみなく使い、やりたいことをやれた二十代。

 手帳は毎日スケジュールでいっぱいだった。

外勤に出張、語学講座や料理学校の予定。
その間を縫うようにデート、飲み会、イベント参加を入れこんだ。

 平日も休日も、分単位の時間割で埋めめ尽くされていた。

だから漏れがないよう手帳は常時、机の上に開きっぱなし。

 それでも足りずに付箋や名刺、チラシの切り抜きをこれでもかと挟みこんだ。

 おそらくあの半端ない忙しさは、強者(つわもの)であるゆえに陥る一種の中毒症状だったのだ。

 もっと己(おのれ)を高めたい。有能でありたい、大きな力が欲しい、認められたい。

 まだまだこんなところじゃ満足できない、もっと知りたい、がんばりたい、楽しみたい。

 だって私には、それだけの価値も実力もあるはずなんだから。

(あのころの私って……本当に強気だったな)

 ――本条さん、悪いけどまたこの記事、訳して打ち合わせ資料に入れておいてくれるか。

 はい、とR通信社のデータを部長から受け取る。

目を閉じなくても思い出せる、細身のブランドスーツにハイヒール姿の自分。宇多子は上背があるため足が長い。

当時、さぞ脚線美が際立っていただろう。

 フランス製の香水に包まれて、長く巻いた髪も化粧も爪も完璧で……身動きするたびに男たちからの熱い視線を感じたものだ。

(私の人生最大の、モテ期だったもんなー)

 もらったデータに目を通し、手帳をチラ見しながらスケジュール漏れがないか確認する。

 午前中に海外出張の手配と、韓国の関係会社へアポ取り電話を二件か。

うーん、部長会議は二時からだから、ギリギリかも。

昼食はやっぱり机(デスク)でとるしかない。コンビニに行く時間あるかなぁ。

 目の前にはノートパソコン、その右隣には朝、階下のコーヒーショップで買ったカフェオレが冷めたまま放置されている。

 パソコンの後ろには専門書とファイルが林立し、わずかにのぞくパーテーションに、この間行ったパリの絵はがきと、よく使う専門用語の略語一覧が貼ってあった。

 宇多子は洋書好きな父の影響か、英文を読んだり訳すのが子供の頃から得意だった。

大手のY物産を選んだ理由も特技を生かせると思ったからだ。実際に就職後、その腕を買われ、信頼の増すごとに業務も増えていった。

 しかし特別、仕事に野心を抱いていたわけではない。

 四大卒は総合職採用のみだ、というので総合職で入ったのだが、宇多子はそもそもキャリアの道に懐疑的だった。

 女性が活躍するようになったとは言え、どこの会社もせいぜいが部長どまり。会社役員にまで登りつめている先達は少ない。

 女も部隊長くらいまでなら、まあ上げてやってもいいが、あくまで大将になれるのは男だけ。結局そういうルールなんじゃないの?

 この国で女はまだ、より安くてやめさせやすい労働力としてしか社会に歓迎されていない。しょせん私は都合のよい駒なんだ――どうしてもその疑念を払拭しきれなかった。

 ただ宇多子の性分で、受けた仕事はなんであれきっちり返さないと気が済まなかった。そうして降ってくる仕事に応えていたら、いつの間にか出世頭になっていた――。

 言わば宇多子は「なりゆきバリキャリ」だったのだ。

 ――はい、ミックスサンドイッチとヨーグルト。野菜ジュースはおごりね。感心ー、昼休み削ってまで仕事なんてさぁ。
けど宇多子さんって、どうして課長級までしか呼ばれない会議に毎回入ってんの。

 昼食を一緒に食べていた同期の知子などはよく、うらやましそうな顔をしていたが――ちがうよ、他人の芝は青く見えるだけだって。

 私だって、入りたくて入っているわけじゃないんだけどさ、と宇多子はきまって首をかしげてみせた。

 こういうやっかみには率直な自己主張が一番利く。

でなければ、どこでどんな噂をたてられるか、しれたものではない。

 ――本条さんさー、どうせあんたも他の女の子と一緒で、仕事なんて結婚までの腰掛けなんだろ。眉間に皺寄ってて怖いんだよ。

 牽制? ひがみ? 

どういう意図かは定かでないが、会議後に一つ上の先輩男性から、面とむかってそう言われたこともあった。

 まったく、人が真剣になっている時に大きなお世話だよ。

けれど会社は伏魔殿だ。本来、目立たないのが一番なのだ。

 ――ねえ知子さん、会議の予定は三時間だけど、よかったら一緒に入る?
 人手足りてないし私、部長にお願いしてみるけど。今日は隣の課が抱えてる案件の資料解説をする予定なんだ。課長はついでに議事録も取れって。

 へえ大変そう、でもごめん私も予定あるから遠慮しとく、とたんに知子が恐れをなした顔をするのを確認して内心ほっとする。

 そうよ、かんちがいしてもらっちゃ困る。
私は別に密室で美味しい汁を吸っているわけじゃない。
ただ言われたとおり仕事をしているだけ――。

 会議が終わって机に戻ると、居なかった間にたまった書類が山になっていた。

 うんざりしながら残業し、一息つくと電話が鳴る――うわー来た。また、この時間帯。

『Hier ist XX Müller, Guten Morgen.(こちらXX社のミュラーですが、おはようございます。) Ach, Frau Honjyo!(ああ、本条さん!) Wie geht es Ihnen?(ご機嫌いかがですか?)』

 案の定、ドイツの取引先からだ。この相手、母語に誇りがあるのか、いつもかならず第一声はドイツ語だった。

『Übrigens, Honjyo-san.(さて、本条さん。) Today I'm call(今日は輸送の件で) on shipping business(お電話したのですが).』

 まぁ、ずいぶんはつらつとしてお元気そうなお声ですこと。
でもこちらはもう夜でございますのよ。
とっぷり日暮れて残業人口も減少してきたから、そろそろ店じまいしたいのに……そうやって仕事を振るの、やめて下さらない。

あー、せめて熱いコーヒー飲みたい。

 ――もしもし浩介さん? もう残業終わった? そう、そっちも大変そうね。あのね、ごめんなさい、明日、外勤になっちゃった。ううん、茨城。新型の空気清浄機、ドイツに送る分にちょっと問題あって……夕方までに東京に戻れるかわからないし……逢うの、週末でいいかな?

 ようやく会社を出て恋人に電話をしながら、靴音高く地下鉄の駅に駆けこむ。

 有楽町まで十分。

料理学校の開始時間はとうにすぎているけど、まだギリギリ実習には間に合うか。

今回は中華だったっけ。

えーと……紅焼栗子鶏(フォンシャオリズジイ)に魚香茄子(ユイシャンチェズ)、乾貝粉糸湯(ガンベイファンスータン)? 

さっぱりわからん。

 電車の中でブランド鞄をあさり、手帳を取りだして確認するとページを繰った。

 大丈夫、クーポンの有効期限、切れてない。

空いてたら学校帰りに駅地下のフットサロンに寄ろう。

それともボーナス出たら自分へのご褒美に買うつもりの、白金(プラチナ)の首飾りを下見しにいこっかな。

(なーんて、金遣いも荒かったな……今考えればもったいない)

 三十六時間分をぎゅっと短縮して、無理矢理二十四時間にねじこむ。まさにそんなかんじの毎日だ。

 けれど忙しさに埋没する中で、宇多子はどこかどうしようもなく苦しくなる自分を感じてもいた。

 時間に追われ、一つ一つの出来事をゆっくりふり返る暇もない今の私は、はたしてこれで幸せなのだろうか。

 このままで本当にいいの。

 これが本当に私のやりたかった人生――?

 平ゴムで止めないと収まらないほど太りきった手帳を見て、宇多子はようやく間違いに気づいたのだ。

 ――大切なものは、目に見えないんだよ。

 たしかそう『星の王子様』の中にサン=テグジュペリも書いていた。

 そうだ、大切なものは目に見えないんだ、と心に浮かんだ言葉を反芻して妙に得心した。

ということは、ひるがえせば――見える程度のものは真に価値があるとは言えないのだ。

 だからいくら忙しく追い求めても、心が乾いていくのを止められない。

 そうだったのか。

銀座の有名レストランで食事をしても、もう最初のころのようには感動できないのも、宇多子が再現なく形を変えて提供され続けるものを消費するのに飽いてしまったからだ。

 他人様(ひとさま)が作り出す価値を、与えられた仕事を、なにも考えずにただ飲み下しているのは楽だ。

でも簡単に手に入る満足は持続しない。

私は……私自身がなにかを生み出したいんだ。自分にとって本当に価値のあるなにかを。

 卒業しよう、と宇多子は分厚い手帳を眺めながら唐突に決意した。

 大丈夫、できる。まだ間に合う。進もう。

 ――宇多子、俺たち三十になる前には一緒にならないか。どうも俺、そのへんで海外赴任になりそうなんだ。

 宇多子より一つ年上の浩介は、建設会社へ就職した当時からずっとそう言い続けていたのだが、結婚へ本気で意識が向いたのはこの時だった。

 結婚かぁ。私の人生、これで頭打ちかもね――。

 あの時宇多子の胸の内に沸いたのは、バラ色とはほど遠い感情だ。

 浩介のことは好きだ。

明るい性格だし、いつも清潔にしているし、面倒見もいい。

きっと良い夫になるし、良い父親にもなるだろう。

 けれど今の時代、夫より妻となる者のほうが、ずっとリスクが多い。

 結婚して浩介が失うものってなんだろう。

自由な自分の時間? お金? 

そんなもの、宇多子だって失うんだからお互いさまだ。

 けれど宇多子は慣れ親しんだ本条という姓を失い、おそらく浩介より家事も増える。

妊娠・出産に至ればどうしたって骨が歪み、容姿も変わってしまう。

 背負うものが増えていけば、これまでのようには働けなくなるだろう。

いずれ仕事を辞める日もくるかもしれない。

 そう考えてみれば、妻側はこれまで人生かけて築き上げたものを、ほとんど失うわけだ。

(そりゃ世の中、晩婚化になるし少子化にもなるわけだよ……)

 それでも、いつまでも今のまま、糸の切れた凧みたいにフワフワしていられない。

 地味でもいい、地に足をつけて生きたい。

 あれもまた『絶対タイミング』だったのだ。

(そして今、私はここにいる……)

 宇多子は手帳の山の前で自嘲した。

 きっと今年もまたここで逡巡しながら結局、N社の手帳を買ってしまうんだろう。
 
けれどもう、宇多子の手帳が激太りすることはない。それだけは確かだ。

f:id:yukiusagi-home:20190830013058j:plainその5に続く>>http://www.yukiusagi.site/entry/tanpen6-5

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