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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

育児主婦の思いを小説にしてみた『ステーショナリー・ワンダーランド』6(終)

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初めましてのみなさま、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
ここのところ自作短編小説『ステーショナリー・ワンダーランド』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は6回目。最終話です。

『夏休み、ショッピングモールの文房具屋に入った子連れ主婦・宇多子は、様々に並ぶ文房具を眺めながら、自分の来し方行く末をつらつら思い返していく――。』

読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪

ちなみにゆきうさぎ、10代のころから創作を始めまして、途中ブランクありましたが、もう10年以上は小説を書いてます。
懸賞小説にもときどき応募したり。予選に入ったり。そんなレベル。

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 ステーショナリー・ワンダーランド 6 

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 文房具屋にくると、宇多子はいつもこうだ。

なじみの品物を見るたびに昔の思い出が蘇って、なんだかまるで夢色の文具(ステーショナリー)ワンダーランドで独り同窓会をしている気分である。

(いけない、いいかげんあの子たちを捕まえなくちゃ)

 まぁ二人の足がどこへ向かったか、母たるもの心当たりはついているのだけれど――。

 生まれてから今まで、一日も目を離さずに子供たちのそばで成長を見守ってきたのだ。

 わずかに変化する表情から鋭く感情を読み取り、肌のつやで今日の体調を計り、手や足を触って暑さ寒さ、快・不快をチェックする。

毎日のデータは脳裏に記憶され、育児経験値として無駄なく蓄積されていく。

 だから、わかる。

 今の子供達の気持ちが、自然に流れる川のごとく、心に流れこんでくる。

 テープ・のり類の陳列棚をすりぬけ、目当てのコーナーを探しながら、子育てはガーデニングと少し似ている、と宇多子は思う。

 簡単そうな花の水やりだって、ただ闇雲に水をかければいいわけじゃない。

やるべき時に適量やらねば、根腐れしたり枯れたりする。

 手をかけすぎても、かけなさすぎても害になるのだ。

 日を当てるにも肥料をやるにも、まず毎日じっくり観察しなくちゃいけない。

忙しいからって、週末だけ世話してもうまく育たない。

 毎日側にいて『絶対タイミング』を伺いながら、最小限、手を貸す。そういう目に見えない、地味な努力がどうしたって必要だ。

(絆って、時間と手をかけずには育まれないものかも……)

 あ、と母の言葉を思い出す。

 ――宇多子。地道にコツコツ積み重ねて、ようやくわかることもあるんだよ。

 マグネット棚の角を曲がるなり、耳がひそひそ声を捕らえた。

 ああやっぱりこのコーナーだ、よかった。どうやら静かにしていたみたいだ。

「美咲、彰吾!」

宇多子はまた声を張り上げた。

「勝手に先に行っちゃだめでしょ?」

 壁一面がシールで埋めつくされている、その通路端で、おかっぱ髪と寝癖のついた頭が同時にひょこりとこちらをふり返った。

 二人とも小さなシールがいっぱい連なっているシートを握りしめている。

「ママぁ、あのさ、これでね、動物園作るの」

「美咲はねー、水族館にするの」

「あのさーおうちに帰ったらね、画用紙にね、このシール全部張んの。そいで鉛筆で動物園の柵を描くんだよ」

「彰の動物園と美咲の水族館、つなげるんだ」

「ねー、ねえねのと、つなげるのねー」

「楽しいよねぇ」「うん、楽しいんだよねー」

 十中八九、子供たちは最初からこのシールが目当てで文房具屋に入ったのだ。

 たぶんこのシールは本来は、女子高生が手帳やノートにデコレーションするためのものなのじゃないか。

 しかし宇多子の子供たちはこのシリーズを飽きずに買い、毎回家に帰るなり開封して贅沢にもかならず使いきる。

「でもまた動物園なの? たしか美咲、この間もそういうの作ってなかった?」

「だって今度のは、前のとちがうもん。動物園水族館だもん」

「あのさママ。だからこのシール買うんだよ」

「彰吾、惜しい。正解は『買ってください』です」

 最近『あのさ』が癖になっている彰吾の言葉はまだ拙い。同じ年のころ、美咲はもっとぺらぺらしゃべっていたはずなのだけれど。

「あ、そっかぁ。買ってくださいママー」

 男の子ってこんなものなのかな、と宇多子は苦笑した。

 二人目でも男女がちがうと、折に触れ育児一年生に逆戻りした感じがする。

 それでも性別関わりなく二人が同じ反応を見せる場面ももちろんあるから面白い。

 このシールもそう。きっと二人はこれから家に帰ってあれやこれやと相談しながら、空想の園を完成させるのだろう。

 二人のほわっと高揚した気持ちが、波になって宇多子に押し寄せてきた。

「じゃ、今からそのシールをレジのお姉さんのところに持って行ってください。まず順番に列に並ぶんだよ。場所わかる?」

「うん、わかるー」

 嬉しいのだろう、彰吾はその場で飛び跳ね始めた。まったく。一時もじっとしていられないんだから。あんたはウサギ? バッタですか。

「彰吾はまず、ねえねと手をつなぎなさい」

「あれっ、ママもペン買うの?」

 美咲が目ざとく宇多子の手の中にあるものを見つけた。

「あー、そのペン、お台所のカレンダーに書く時のでしょっ」

 そのとおり、このサインペンは宇多子の家では家族の予定をすべて書きこめるカレンダーのペンになっている。

 幼稚園も小学校も行事が多い。だから宇多子の家では家族の皆が確認できるよう、見やすい位置にカレンダーを張っておくことにした。

今では美咲や夫も毎朝そのカレンダーをチェックして家を出ていく。

「うん、今うちにあるのは、少し掠(かす)れてきてたからね。予備で買っておこうかなと思って」

「ふーん。ヨビって余分って意味?」

「そうよ」

「でもママ、どうしていつも同じのを選ぶの? そのペンがカレンダーのペンだから?」

「え、それは……書きやすいから、だよ」

 ――このペンなぁ、一番書きやすいんだ。

 宇多子にとって、このサインペンは父親の書斎を想起させるものだがーー美咲や彰吾には書きやすい家族カレンダーペンとして記憶されるのかもしれない。

 なるほど、こうやって親と子は色々なものを受け継いでいくのだな、と宇多子は気づく。

 自分がいつかこの世界から消えても、子供たちはなにがしかを伝えて生きていってくれる。

してみれば宇多子が今、この場に立っているのも無駄にはならないわけだ。

 世の中はつねに強者を礼賛する。

これからも脇役オバサンなんて空気のように無色な存在で、なにか失敗した時には睨まれたり煙たがられるかもしれないし……普段は取り立てて光が当たることもないだろう。

 しかし宇多子の人生はいきどまりではない。

大切な目に見えぬ絆で、その先へとつながっている。

 暖かな安心感がふわりと両肩に落ちてきた。

 そっとサインペンを握りしめる。

「ママー、早くぅ」

 美咲と彰吾が手を取り合って呼んでいる。

「はいはい、走らないで歩きなさいってば」

 応えて足を踏み出す。
 
宇多子は今、もう花ざかりでも女ざかりでもないが、母親ざかりだ。

 

      了   f:id:yukiusagi-home:20190830013058j:plain

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あとがき

みなさま、こんにちは。ゆきうさぎです♪
「ステーショナリー・ワンダーランド」いかがだったでしょうか??

この短編、前にゆきうさぎのママ友さんたちに読んでもらったところ、わりと好評だったので、現在同じような境遇にあるママさんたちにも「ああ、こういうの、あるある」だなぁと思って頂けるかも?と思いながら、記事にしておりました。

正直、作品を創ってる時にね、宇多子ってば、ちょっと達観しすぎ?という気もしたのですが。
「いやぁ、でも現実って、けっこう厳しいよ。ママって役柄は、フワフワの娘時代から、だんだんたたき上げられて否が応でも強くなるもんだ」という気持ちもあって、最後まで同じ路線をつらぬいてみました。
 

娘が赤ちゃんだった頃、ゆきうさぎがベビーカーで家の周辺をウロウロとお散歩していた時、わりとしょっちゅう、知らないおばあちゃんたちからかなり親しげに声をかけられました。

「あらー、可愛いわねえ、赤ちゃん」
「初めてのお子さん?」
「お散歩??」「今日は良いお天気ですものねー」

そしてまた、かなりの頻度で同じ趣旨の話をされたのが、
「お母さん、育児は大変でしょうけれど『今が一番、母親としていい時代よ』!『後で振り返ると、今が人生一番の黄金期』!今を満喫してね!」

そ、そうなんだろうか。
この台詞が本当に彼女たちの実感から来ているものだとすれば、それはまさに真理なんだろう。
でも、この(おばあちゃん)世代の認識として、『今が人生一番の黄金期』って一般常識なのかもしれない。『若い新米ママにはこう言っとけ』みたいなかんじで??
えー、どっちなんだろう??

で。
自分が新米ママから10年近く経過した今、あの言葉を振り返るに、『今が人生一番の黄金期』説は、やはり真理なのかもしれないなー、と思うようになりました。

大変なんですけどね-、母親業って。母乳は献血と同じだし(約1年も毎日献血するって男子ならフツーにすごい負担だろう)、24時間365日営業(有休は数年単位でナシ、超過勤務アタリマエ。で報酬ゼロ円。おお、最強ブラックワーク 笑)だし、マジで身体削って子供を育ててるけどね。

そこを通りすぎちゃうと、もうやり直したくても、後戻りはできないもんね。
ゆきうさぎ、今より全然若かったから、なんとか赤ちゃんの世話も乗り切れたけど、今もう1回振り出しから戻って10年全部やれと言われても、うーん、できないんじゃないかなぁ。
いくら赤ちゃん可愛いといっても、体力気力がもう、以前と同じじゃないというか。

作中で宇多子が「人は歳を取る生き物なんだ」って言ってたかと思いますが。
この作品書いたの自体、2016年なので、3年前。
たった3年でも、さらに歳を取った気がするので。
自分で書いておいてなんだけど、本当にそうだよな、と今回この作品を記事にしてて思いましたー。

あと、妊婦になると身体が不自由になり、
出産して子連れだと身動きとれなくなり、

とにかく、それまで「強者」なほうにいた自分がいきなり「弱者」なほうに分類される、あの逆転体験は、けっこう得がたいものがあったかなと思いました。

宇多子が女子高生に罵倒されたシーンがありましたでしょ。
あれ、ゆきうさぎの、ほぼ実話なんですわ。ああいう類いのことって日常茶飯まではいかずとも、母になれば現実に起きますでしょー。

でもって今はまた子供が大きくなって、手が離れてきたので、またどっちかといえば強者のほうで生活できているかと思うんですけども、でもね、一回自分が弱者目線になった経験値があると、二度とその時の思いは忘れない。

電車でよろよろしてる人がいたり、足が上がらず横断歩道を渡りきれない人、階段をさけてエレベーター待ちの人、疲れてぼーっとなってる人。
そういう人たちを、切り捨てるんじゃなく、実感をともなって気づき、受け止められるようになる。

実体験自体はしんどいこともありますけど、まあそれも今の自分の糧になってると思えば、悪いとばかりも言えないかな。と思うわけで。

最近はどうも昔より、世の中全般、時間の流れが加速しているように感じられてならないんですけれども。

あくせくあくせく、自分の目先ばかり見てキリキリするんじゃなく、もっと視野を広げて周囲にも気を配って「老若男女、みんなで一緒に生きている」気持ちを忘れずに、暮らしていけるといいんだけどなぁ。
などと思う、ゆきうさぎなのでした。

それでは、また。
ごきげんよう~~^^