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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【体験記&ドイツ歌プラス】ベトナムってどんな国? 3年暮らしてみて、思ったこと⑤

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みなさん、こんにちは。
ゆきうさぎです。

ここのところベトナム体験記を書いています。↓

www.yukiusagi.site

こちらの記事、「ベトナムについて教えて下さい」とリクエストを頂いて始めたものになります。

私はベトナムに、かつて3年住んでいました(ドイツには6年住んでいました)
この間に息子を妊娠、出産したこともあり、当地には色々な思い出がありますが、、、今回はリクエストにお応えする形で、おもに日本との暮らしの比較と生活体験談をベースに書いています。

それでは、どうぞ☆

反面教師としての社会主義 

f:id:yukiusagi-home:20200331010006j:plain(写真:ベトナム名物、シクロ。に、中国人観光客が大挙して乗車しているところ)


前回記事を上げたところ、アルクさんより質問を頂きました。

リクエストにお答え頂き有難うございました。えーと次は・・冗談です。一つ教えて頂きたいのですが、社会主義のお陰で何か良かったことはあったのでしょうか?生活していて感じた事が有れば教えてください。🙏

えっ。
社会主義でよかったところ~? 全然思いつかなーい。。。←ひどい
さっそく夫にもヒアリングしてみたのですが、
「社会主義で良いところ……ええ……良いところ……ええと……うう」
似たような反応でした(苦笑)

てことで、ベトナムにこだわらず、今まで聞いたり見たりした話を総動員します!

まず東ドイツ
シュタージ(秘密警察)がとにかく市民の全行動を監視して、言論統制が半端なく、建国開始から最後まで、西への逃亡者が続出。

西の文化や物資を厳しく統制して持ちこみ厳禁とし、市民は「知る権利」を奪われながら生活していたものの、私が中学のころ東へ行った時は、ホテルのウェイターさんが
一度でいいから西を見てみたい。。。」などと本音を呟いて、目をきらきらさせていたのが印象的。

東西統合したあと、東は西との差に驚き、いつまでたっても埋まらない格差に失望し「こんなはずじゃなかった」という風潮は今も残るモノの、若い世代は平等に教育機会を与えられていて、会社時代に話した東出身のお姉さんは「別に西にコンプレックスは感じない。旧東はのんびりして、ドイツらしくて私は誇らしいし、好き」とか言ってました。

で、東は本当に言論統制等等が悪だったと思うのですが、一つだけ良い点は、最高のクラシック音楽を激安価格でお勉強できたこと。
だから旧東出身者の音楽技術水準はおしなべてめっちゃ高い印象があります。

今日のおまけのプリンツェンもそんな旧東独の出身者
聞いて頂ければ、そのハイレベルさがわかると思います

次に中国
私は大学時代に、ちょろっと中国語も勉強したことがありました。
先生は横浜中華街の出身者でしたが、講義中、興味深い発言をされてました。曰く

中国はこのまま社会主義でいい。社会主義のが合理的なんだ。だってあれだけ多民族なのを統制するのは大変だし、中国人の性質からして、民主主義だと生き馬の目を抜くような競争社会になるにきまってるよ」

え、それは先生が優位にたっている漢民族出身だから、そう思われるのでは?
とも(うがって)思いましたけれど。
社会主義=うさんくさい、なんか良くないイメージだった私には、民主主義を知りながら、なお社会主義肯定論をそれまで聞いたことがなかったものですから、とても強く記憶に残る言葉となりました。

最後にキューバ
ここは夫が仕事でけっこう頻繁に行く国なのですが、
実際見てきて「貧乏なのに、医療水準と教育水準がめちゃくちゃ高い」そうです。
貧乏=医療・教育は粗悪、ってイメージだったので、これもカルチャーショックな話でした。
だって。キューバでそんなことが可能なら、日本だってもっと市民が住みやすく豊かに改造できるのでは?
日本のみんなが稼いだ税金は、一体どこに消えてるんだろう。不思議。

こうやって考えてみると、社会主義国で共通しているのは、あまり豊かではなく、言論統制が厳しい、故に国民は真実を知らないままで暮らしていることなのかな。

そこはベトナムも同じだと思いますが、ベトナムはとにかくタテマエより内実を取る、なかなかしたたかな国なので(そうやって上手く周辺国とバランスを取りながら今日まで生き延びてきた)、社会主義といっても、他国よりはその側面が強く出ている気がします。

さて、まとめますと。
社会主義で生活してみて、良かった点。

モノがない=モノの大切さを知れる、「足るを知る」が腹に落ちる
不便=便利な社会のありがたみを知れる
情報統制=いかに情報が大事なのか、民主主義のありがたみを感じられる
当局が好き勝手している=日本では民の私権が法的に守られていると思える
……えーと、、、反面教師? 

でも日本だって、じつは他国の人たちから「世界でもっとも成功した社会主義国」と評されているんですよ~。 詳しくは下記の本に書いてありますけれども。↓

たしかに日本の教育は軍隊式だし、民主主義国家のわりには統制が厳しく、市民の自由も他の民主主義国より制約を受けている。
政権だってずーっと一党独裁だし。←変!

「本当はね~、日本ってタテマエは『民主主義』を掲げつつ、内実は『社会主義』よりなんだよ~。でもけっこう成功してるところもあるし、日本人はやっぱり日本で暮らすのが一番、便利だと思う!」
と言った方が正しいのかもしれません。そのほうが説明がつく話も多いしね。

アリ地獄から学んだこと

f:id:yukiusagi-home:20200331165541j:plain

(写真:アリの写真を載せるのもなんなので、散髪屋。こんな具合に随時、歩道で自由営業してます♪ 1回数百円程度)

ベトナムのアリは非常に勤勉です。
年中ほぼ無休、昼夜問わず野外でも家の中でもすごい速さで活動し、巣を拡張します。

おしゃれなカフェで、一服している時にも、机の上にアリ。
野外レストランで食事して、ふと見ると皿の上にアリ。
家の中でもあちこちアリの行列、玄関でも庭でも行列。家の壁には大量のアリの営巣。

日本だと即「アリの巣コロリ」の出番なシチュエーションですが、そこは仏教徒の多い土地柄、「アリなんて無視」がベーシックな対応です。

そうは言っても、寝室やリビングにもうじゃうじゃアリが湧いていたら、やはり気持ち悪いので、日本人な私はよく日本製「アリの巣コロリ」のお世話になっていました。
ところがベトナム人の友達は、
「ええーっ、アリを殺すの? なんで? 可愛そうじゃない、命を粗末にしちゃいけないんだよ!」
と説教してくる。

「じゃ、あなたはアリが家の中でうようよしていたら、嫌じゃないのか」
と聞くと「嫌よ」と返事が。「でも、だからって命を奪うなんて。私は日本製品が好きだけれど、『アリの巣コロリ』は非常にナンセンス!」

そ、そうか~。
でも、ごめんよ。
アリには悪いけれど、やつらを野放しにしておくと、しょっちゅう食べ物や飲み物の中にも何匹か死んでるか、死にかけか、生きのいいのが落ちていたりするんだが、日本人な私には、それがどうにも許容できないのだよ~。

広くておしゃれな大理石の調理台つき台所も、よく茶色い小さなアリ軍団が闊歩して、我が家の食料を物色していました。
どうやら、壁の中に営巣していたようです。複数世帯。

で、パンなど焼こうものなら、ちょうど焼き上がりの時間に合わせて、大量に壁からアリが吹いて出てくる!!
甘い匂いに敏感なんですよね。アリ賢い。なかなかやりおる。

でもね、これはとらえようによっちゃ「ぎゃー!ホラー映像、嫌~お母さーん」ではなく、やつらを殲滅する好機なのであります。
なんでも、ものは考えようです。
いつもの偵察隊数匹程度じゃ、いったいどこの壁のスキマから進入しているのか、どうにもわからないのですが。
大量に湧き出てくると、明確にわかるんですよ、やつらの進入口が。もう一目瞭然。

でね、台所の調理台の上って「アリの巣コロリ」使えないじゃないですか。
だからどうするかというと、じゃーん! 

取り出したるは、でんぷんのり。
そう、子供が使う、あの日本製のでんぷんのりです!!!

このでんぷんのりを、アリの進入口にある程度のカタマリにして塗りつけるわけ。
そうすると、まずは粘っているので、アリさんたち、ごきぶりホイホイのようにネバネバにひっかかります。
そして、そのまま固まって堅くなるので、もうそこからは二度と進入できない!
しかも、でんぷんのりはそんなに害のない材料で出来ているので、調理台近辺で使っても大丈夫。
勝った。フッ、思い知ったか、アリどもよ!次の日、ちょい横に新しい穴を開けていたら、またのりでふさぎましょう。淡々とね。

だけどもし、日本にいたら。
アリ退治製品が豊富にあるし、アリだってそんなに春夏秋冬、家屋に侵入してこないので、わざわざ子供のでんぷんのりを持ち出す人はいないでしょう。

前述の社会主義国にもちょっとかぶるのですが――ことほどさようにモノがないと、人は知恵を働かせるようになります。
これがアリとの戦いで学習した点、その1。

そしてその2。
「日本人は、ベトナムのアリくらい、年中勤勉に働く国民なんだよ~」
「日本のアリはベトナム人くらい、のんびりとしか働かないんだよ~」
わたくし、現地の人に非常によく伝わる、言い得て妙なたとえを編み出しましたとさ。

モノがない

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(写真:信号まちの風景。シクロとタクシーとバイクと。二人乗りもいますね~。日本では、こういうアバウトな風景まず見ないなぁ 笑

この項目、1500字以上書いたモノを昨日、じつは全部まちがって消しちゃいました! なので気を取り直して、もう一度書き直しますー。

えー、社会主義国は言論も統制されていますが、物流も当局に統制されています。
というわけで、なんでもかんでも基本的に自由に流れてくる民主主義国家より、いろいろな物資がない。

たとえば身近なところでいうと、文房具。
テープのり、修正テープが存在しない。
テープ、ガムテープが張りつかないものしかない。
色鉛筆や色ペン等の発色が悪い。芯がすぐ折れる。
ノートの紙質が悪い。

洋服でいうと、Tシャツ等の生地(ニット生地といいます)がなぜか流通していない。
なので現地の人たちは伸び縮みしない綿生地をベースにした綿シャツやワンピースを着ている。
ただ、ニット生地は現地の熱波と熱光線に弱く、洗濯するとすぐ破れたり色あせたりして、まず1年持つことがなかったので、これは当局が流通を制限しているのではなく、もしかしたら需要のほうが、そんなにないのかもしれません。

電化製品も最新のモノがありません。
洗濯機や冷蔵庫、炊飯器はだいたい日本の20年~30年前(もっと前?)の形がスタンダードです。
冷蔵庫は二口(冷蔵と冷凍)しかないし、炊飯器は私が子供時代に使っていたような電子ジャー。洗濯機も持っていない家庭もあり、たらいで洗っていたりもみかけました。
現地では必需品の扇風機も、ずいぶん古い型に見えました。
重くて、すぐ壊れるし、機能はほとんどついておらず(首振りくらい)、とてもブンブンうるさい。

あと乾電池がものすごく高級品。
日本だったら時計を入れているようなガラスのショーケースに、日本ではレジ横にぶら下げているようなタダのアルカリ乾電池が入っている。しかも10個、20個入りとかじゃなく、2つパックか4つパック程度で。
えっ、電池、そんなに高級ですか?! カルチャーショック!

とにかく生活雑貨全般が、全部100円ショップレベルなんですよね。それ以上がないの。
安いけどすぐ壊れる、やわい、なんか形がゆがんでたり曲がってたり、バリが残ってたり。みたいな。
そして心が躍る、素敵なデザインのものがない!

お土産になってるような手工芸品は、ベトナム人は手先が器用なのでわりと高レベルのクオリティのものもあるんですけれど、工場製品全般は、日本人だったらきーってなるレベルのものばかりなり。

日本人ってやっぱり、他の国の人たちが見落とすような細部にこだわるし、センスいいというか、1mmのところでも妥協しない国民性、気質なんだろうな~、と現地で暮らしていた時、すごく感じました。実際、私も細部にこだわる性格だと思う。

てことで、また6000字超えたので、今日はここまで。⑥に続く~。

おまけ・ドイツ語歌、歌詞つき

前回短編記事の途中から唐突に始まったこのコーナー。
鬱屈感漂う世の中をなんとか少しでも明るく~をモットーに、ゆきうさぎお気に入りの歌を紹介しております。

十曲目は「Die Prinzen-Millionaer」

 www.youtube.com

今日は十曲目ということもあり、ドイツ語の歌。
私、学生時代からプリンツェン好きなんですよね。
日本ではプリンツェンと言うと「オリ―・カーン」がWカップ時に昔ヒットしたのですが、代表曲と言えばやっぱりこれかな~。

ドイツ語わからない方多いと思いますので、今回は歌詞の意味をざっくり書いておきますね。↓

「※大富豪になりたい
そうすれば貯金がなくなることはない
大富豪になりたい
大金を所有したいんだ
僕は大富豪になりたい

(お金、お金、お金)

僕にはお金がない
お金が手に入る見込みもない
でも口だけは達者なのさ
僕は医者でも学者でもない
酷い怠け者さ
僕には金持ちのガールフレンドもいない、金持ちの友達もいない
あいにくいままで、夢でしか大金を持ったことがない

僕はどうするべきなのかな?
何をすればいいんだ?
心配しすぎて半狂乱だよ
たぶん君も2,3回はあるだろ
銀行強盗しようかと思ったこと
でも残念、ヤバすぎるよな
間違いなく捕まるし
その上僕は本当に正直者だから
刑務所へ行きたくはない

※くり返し

僕をとても気に入っている お金持ちの未亡人はたくさんいる
彼女たちは僕の体が目当てだけれども
僕は自分の体を提供するつもりはない
誰に対しても どんな値段がついても 体を売ろうとは思わない
だから僕はポップスターになって、稼いだお金の中で泳ぐのさ

※くり返し
※くり返し
※くり返し」

この「大富豪になりたいよ~♪」と「お金お金お金」ってダイレクト(露骨)な内容を、聖歌隊で鍛えた綺麗なアカペラでハモってるところが秀逸で(笑)

上で書きましたけれど、プリンツェンは、もともと東ドイツ出身者なんですよね。
東の人たちと西の人たちには格差があって、元東のほうが貧乏なんですよ。
だから東独の星みたいなかんじで、デビュー当時は東の人たちはけっこう応援したみたい。

で、この人たちのたしかな歌唱力は、バッハがずーっと在住してた、ライプツィヒのトーマス教会の合唱団出身てとこからも裏打ちされています。
トーマス教会、行ったことあるんですよ。こじんまりした、素敵な教会で。
うちにはライプツィヒの個人画商で購入した教会の絵がいまも飾ってあります。

プリンツェン、元々はクラシックの素養があるので、楽器も上手だし。
ていうか元東の人たちって、音楽の素養レベルがみんなめっちゃ高いんですよ。
その音大卒の人たちだから、クラシックでも十分、活躍できたんじゃないかという気もしますけれども。。

歌を聴いてると、「お金持ちになりたーい!! その手段としては、あーでもない、こーでもない」って、ずいぶん言ってるな~と思いきや。
最後に「よーし僕は、ポップスターになってやるぞ!」
おおう、そうきたか。これまたまっすぐ夢を叫んだね、納得の座布団一枚!
みたいな、そんな感じ 笑

このノリも歌唱力も、いかにもドイツ人っぽい雰囲気もホント大好き☆
けっこう前の歌だけど、古くなってないので、よかったら聞いてみて下さい。

それでは、また。
ごきげんよう。