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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【詩エッセイ♪】 夢のたびびと59『うちに帰ろう』・カントリーロードとメランコリー

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こんにちは、ゆきうさぎです。
はじめましてのみなさま、ご訪問ありがとうございます☆
前からご覧になられているみなさま。引き続き、「夢たび」お楽しみ下さい♪
子供の頃から夢を見ずにはいられないまま、大人になりました。そんなゆきうさぎが10年近く前に書いていた詩「夢のたびびと」に、このたび新たに「夢たび景色」を書き加えたものが、このブログです。 

 

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イラスト提供:ふわふわ。り

 

夢たび59『うちに帰ろう』

黄昏時の 散歩道 

 

君と二人 見上げた空
水色でも あかね色でもなく

 

そう 今は
夏の終わり 秋の初め
昼でもなく 夜でもなく

 

ねえ君 ぼくは
どうしても わからないんだ

 

不安なのか 満ち足りているのか 
もの悲しいのか 幸福なのか
泣きたいのか 笑いたいのか

 

こんな時 思い出すのは
戻りたい 戻れない
ふるさとの道と 遠い記憶

 

きっと誰にでも こんな時があるんだろう
立ち止まりたい でも 歩き出だそう

 

今のぼくには 守りたいものがあるから

 

薄く灯った 街明かり
鈴虫の鳴く クチナシの木のかどを曲がって
君と二人で うちに帰ろう
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 【夢たび景色】カントリーロードとメランコリー

みなさんはジブリ映画「耳をすませば」って作品、ご存じでしょうか。
ゆきうさぎはジブリでたぶん1番好きなのが、この「耳をすませば」です。
夢たび59『うちに帰ろう』は、この映画の主題歌になっている「カントリー・ロード」に触発されて創作したものです。
 
「耳をすませば」。この作品との出会いは少女漫画雑誌「りぼん」が最初でした。「耳をすませば」の原作者は柊あおいさんという漫画家さんで、「星の瞳のシルエット」という長期連載をずーっとされていたのですが、ようやくこのお話しにエンドマークがつき、次は何を書かれるのかな、と思っていたところ、「耳をすませば」の連載が始まりました。
はっきり言ってゆきうさぎは「星の瞳のシルエット」長すぎて進展がなかなかない話だったので、いい話ではあったんですけど、「耳をすませば」のが断然いい!と思いました。
それなのに、この作品、人気が出なかったんですよね。
唐突に打ち切りみたいな感じで話が終了して、ええっ、どうして?!なぜ?!と衝撃を受けました。
それから何年たったでしょうか、ある日突然、ジブリで「耳をすませば」やるよという告知が流れ。
え?「耳をすませば」ってあの、柊あおいさんの「耳をすませば」??あの雫ちゃんが出てくる「耳をすませば」ですか??
宮崎駿さん、なんで「耳をすませば」知ってるの?!?!
 
で実際に映画館へ行きましたよ、もちろん。私の中で連載打ち切りは絶対おかしいと思っていたので、
「ほらね、やっぱり宮崎さんが認めるくらい、いいストーリーだったじゃん!」
と半ばどや顔で。笑
そして、雫ちゃんに久しぶりに会ったとたん、虜になりました。
自分と同じ、同じ。
空想好きで、でも何者にもなれなくて、どうしたらいいのかわからなくて。
がんばっても実力がないことがわかって打ちのめされて。
わあ、宮崎さん、どうしてこんな話を作られたんですか。すごすぎ。涙が止まらない。ありがとう!!
 
で、最後に、あのカントリー・ロードがやってくる、ですよ。
今にして思うと、宮崎さんも若かりし頃は雫ちゃんだったんでしょうね。
ああやって、モヤモヤあがいていた青春を振り返る気持ちで、最後に「カントリー・ロード」の歌で締めた。みたいな。
「帰りたい~~帰れない~~、さよなら~~、カントリー・ロード♪」ですものね。

雫ちゃんって、小説書いてる時、すごい貧乏揺すりしてるんですよ。机にのめりこむようにして。私もあんなかんじなので、「すごい、なぜに宮崎さん、この描写?!もしかして私を見てた??」ぐらいに思っていたんですけど。
 
その後、ジブリの特集ドキュメンタリーって時々、放送されたじゃないですか。実録ハウル何日間とか、そういうの。それを見ていたら、宮崎さんが机に向かわれている時がまんま雫ちゃんで、
「あっ、なんだ、宮崎さんそのものが反映されてたんだ」
と、その時気づきました。
わあ、私だけじゃ無いんだ、びんぼうゆすり。
びんぼうゆすりって集中力を高める効果があるらしいですよね。みんなそうやってがーっと世界の向こう側へ入っていくんだなぁ。親近感~~。
 
世の中には色々な人がいるので、「即断即決」「明朗快活」みたいな、なんていうんですか、ぱっと決めたとたんにもう動き始めているような人もいますよね。
でもゆきうさぎは決める前にかならず、モヤモヤ期間が必要です。
夢たび59みたいに、「白とも黒とも」「光とも闇とも」「右とも左とも」区別できない、曖昧模糊とした状態の時間が一定して続かないと、その先へ踏み出せない。
その状態に入っている間は妙に哲学的な気持ちモードに入っていて、様々思いを巡らせているのが、特徴です。
身体が動かないぶん、頭は決断した後より広く大きく、色々考えているんですよね。
で、ちょっともの悲しくなったりね。
 
こういう状態をメランコリーというのかな、と自分では思っています。
そしてメランコリーなところに気持ちが入るには、上記の写真のような「光が弱く」「暑くも寒くもなく」みたいな自然環境が必要。
ドイツ人は森を散策するのが昔から習慣みたいになっていて、「今日は1時間散歩してきた」とか普通なんですけども、この森に入るのもメランコリーを体感するため、という説があります。
それくらい、ドイツ人は瞑想するのが好き。ドイツの森は黒く薄暗く、おそろしいような哀しいような、でも静けさに包まれて眠るような静謐なような、まさにメランコリーになるのにうってつけの場所で、ゆきうさぎもバンダルン(散歩?歩き回る?放浪する?みたいな感じ)が好きでした。
 
ドイツクラシックってみんな重厚じゃないですか。あの重厚さはドイツの長く陰鬱な冬と絶対に無関係じゃない。日の光が弱いとああいう曲ができるんだと思う。
あ、シューベルトの楽曲「魔王」に出てくる森、あれってホントにドイツの黒い森のイメージでね。白雪姫とか赤ずきんの森もドイツ森ですよね。
そして日本には、ああいう森はないかなー。なんかやっぱり植生とか土の匂いとか風、湿気具合、そして陽のさし方がちがう気がするな。
 
 以前、ベトナムにいた時に、けっこう仲良しなイギリス人ママがいたんですよ。
そのママが
「私にはどうもベトナム人の感性がわからない」って言ってたの。
「なんか悪いけど、時々さ、あんまり色々考えてないんじゃないの?って思う時があって。だって、すぐバレるような嘘ついて、指摘したら笑って流すんだけど、あれはどういうことなの?理解できないよー」

ゆきうさぎ、答えました。
「まあ、ここの人は南国の人だからさ。こんな激暑い気候で、あんまりメランコリーに瞑想したり、熟慮とか、できなくない?
あなたのお国、イギリスはすごく霧の日が多いじゃない。
イギリス人はあれが大嫌いで、気がめいるから、陽のさす国へ行くのが好きだけど、私はあの霧の日も、そうそう悪くないと思うよ。
あれがあったからこそイギリス人は真面目だし、産業革命を起こして世界に打って出られたんじゃないの?」

そしたらそのママさんは、ゆきうさぎ説に、えらく納得していました。
なかなか外から指摘されないと、自分たちってどういう民なのか、見えない部分もありますよね。
ちなみにゆきうさぎ、日本人は四季が移り変わる島に住んでいるので、様々に繊細な感情を育める土壌で生きているなぁ、と思うんですよ。
でも反面、常に移り変わる四季のごとく、大切なことも水に流して、けっこうすぐ忘れる。目移りしやすいというか。
ドイツ人は10年、20年、30年前の政治家の失敗も全部忘れてません。ナチスドイツがやらかした失態も、まったく水に流していないし、未だに国民が記憶してる。だから大戦の反省で中東難民をたくさん受け入れて、キャパオーバーで、今かなり大変なことになってるみたいですけど(と知り合いのドイツ人から聞いた)……。

辛く哀しい記憶を長く引きずるのもしんどいので、忘れ去るのが一概に悪いってわけでもないんですけどもね。
忘れやすい性質を利用されて、うまくあしらわれるのは避けたいな。
 
今週、子供たちに絵本の読み聞かせで、レオ・レオニ作「フレデリック」を読んできましたが、この中でフレデリックが、
「季節が4つでよかったね。
一つへったら、どうなることか。
一つふえたら、どうなることか」
って言う場面があるんですけど、本当にそうだなー、と思いました。
 
最近は異常気象が多いですけれども。
カントリー・ロードみたいな心情をゆっくり思い起こせるような、くっきり晴れ!雨!とかじゃない、モヤッとした気候・時間を、今後もしみじみと大事にしていきたいものです。
 
それではまた。
ごきげんよう。
 
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