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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【詩エッセイ♪】 夢のたびびと87『魔術師の箱』・「わかる」と「知っている」のちがいって?

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こんにちは、ゆきうさぎです。
はじめましてのみなさま、ご訪問ありがとうございます☆
前からご覧になられているみなさま。引き続き「夢たび」お楽しみ下さい♪
子供の頃から夢を見ずにはいられないまま、大人になりました。そんなゆきうさぎが10年近く前に書いていた詩「夢のたびびと」に、このたび新たに「夢たび景色」を書き加えたものが、この詩エッセイです。

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イラスト提供:ふわふわ。り

【夢たび87】『魔術師の箱』 

昔 ローマの皇帝は言ったそうな
民衆に 政治や経済の話はいらぬ 
ただ パンと娯楽をあたえておけばよいのだ と

もし昔の人が 現代にタイムスリップしてきたら
きっとびっくりすることだろう

だってどの家にも 四角い箱があって
パチンと音すりゃ 鮮やかな画像が動きだす

楽しくなりたければ パチン!
ミュージカルに 喜劇 物マネ 
サーカス団も真っ青だ 

劇場に行かなくても パチン!
コンサートに 映画に オペラ
美しい要素も もりだくさん

情報が欲しければ パチン!
ニュース速報 スポーツ 歴史
明日のお天気だって わかっちゃう

でもくれぐれも ご用心

楽しく 憂さを晴らしても
現実逃避は ほんの一瞬

芸術に感動した つもりでも
本物にふれる体験には かなわない

世の中 知ったつもりでも
報道は切り貼り 縮められたモノ
正しく伝え切れているとは かぎらない
 
色鮮やかな 魔術は新鮮だから
だれしも魅入り 惚けてしまい 動けなくなる 
けれどもしょせん 箱は箱

際限なく 受け入れて 
たくさんすぎる 情報におぼれて
考えるヒマもなくなったら おしまいだ!

昔 フランスの哲人は言ったそうな
我思う 故に我有り

ワタシは 自分が考えているのを知ッテイル。
だからワタシが この世に存在しているのは確カダ。

【夢たび景色】 「わかる」と「知っている」のちがいって?

今日のお話も、昨日に引き続き、すこし哲学めいたところからスタートします!
しょっぱなから答えで、なんですが。
民衆にはパンと娯楽を与えておけ」と言ったのは、ローマ皇帝ネロですね。

そうして食べ物と、コロッセオでの格闘技やその他イベントさえ保証しておけば、大抵のローマ市民は悪政に反旗をひるがえさなかったので、ネロは後世に悪名を残すくらい、いろいろとひどい政治を行っていたようで。

それでは、現代における娯楽とはなんでしょうか。
スポーツ観戦、旅行、観劇、ショッピング、食べ歩き、最近はスマホも入るでしょう。
しかし若い頃から、ゆきうさぎは常々、TVがこの「パンと娯楽」の娯楽だよなぁと思ってました。

現代の娯楽によるデメリットは主にふたつある。

その1・自分の人生において、本当に大事なことがなにかを考えなくなる
満足した人生を送るためには、常に理想を掲げ、そうあろうと努力しなくてはならないし、つらかったり面倒なことがらから逃げてはいけない。
けれど目の前においしく楽しく、楽ちんなモノをぶらさげられてしまうと、ついつい人はそちらに飛びついてしまいがち。

その2・シビリアンコントロールの不在
この国は(実際のところが社会主義よりであろうとも)建前上は『民主主義国家』です。つまり私たち市民(シビリアン)が政治を監視する(コントロール)立場なのであり、その義務をおこたった瞬間から国が荒廃するシステムなわけです。
おまわりさんが、娯楽に夢中になって泥棒をとりしまらなかったらしゃれにならないのと一緒で、市民も楽しいことばっかり追い求めていてはいけないよ。って話。

我思う、ゆえに我有り」はラテン語訳のCogito, ergo sum(コーギトー・エルゴー・スム、cogito =我思う、ergo = 故に、sum = 我在り)が、高校の教科書に出てたかと。
フランスの哲学者デカルトが書いた「方法序説」って本が原典。

私は自分が今、なにがしかを考えているのがわかる。
だから今、私はこの世にたしかに存在している

でも、これって裏返すと、

「私が自分の頭で考えることをせず、ただ目の前に与えられたものを貪り続けているだけならば、私は人として本当にこの世に存在しているといえるだろうか

ってことになりませんか。

ジブリ映画の「千とちひろの神隠し」で父さんとお母さんがブタになっちゃう怖いシーンがありましたけれど、あの表現もまた、↑こういう意味合いのことを暗示しているんじゃないかとゆきうさぎは思っています。

そして、この夢たびの「魔術師の箱」のイメージですが、これはロード・オブ・ザ・リング『指輪物語』の魔水晶から着想を得ました。 

新版 指輪物語〈1〉旅の仲間 上1 (評論社文庫)

新版 指輪物語〈1〉旅の仲間 上1 (評論社文庫)

 

 あ、これはフェローシップ(旅の仲間)↑ですね。
指輪物語は三部作で、最初が『旅の仲間』次が『二つの塔』最後が『 王の帰還』となっている、世界的に傑作なファンタジーです。

新版 指輪物語〈5〉二つの塔 上1 (評論社文庫)

新版 指輪物語〈5〉二つの塔 上1 (評論社文庫)

 

魔水晶を使う白の魔法使いは二つの塔からメインで登場するんですけど、この白の魔法使いという人は、もともと最高賢者なの。魔法使いの中で一番強く賢い人だった。

その一番優れた賢人をおかしくしたのが、「世界中で起きている、あらゆる事を見ることができる水晶」というわけ。

この水晶、なんかTVに似てません?
白の魔法使いは世界情勢を常に監視していたのですが、結局、水晶という便利道具を使って「情勢を知って」はいても、「本当に理解した」わけではなかった。

しかも悪の帝王が「情報操作」して、水晶に世界の真実のすべてを写さないよう裏工作していたので、白の魔法使いは情報に溺れ、しだいに世界に絶望し、心を毒されて悪のほうへ荷担する道を選んでしまうというね。

情報を得て知ったつもりになっていたとしても、それは『本当に知ったことにはならない』」と言っていたのは、宇宙飛行士の野口さんですが。↓

野口さんは、地球を飛び出して宇宙に行っちゃうくらい、桁外れな行動力の持ち主
つまるところ人類の中では最も行動力に優れた部類の人だと思いますけれども、そういう人でも、指輪物語の作者、J.R.トールキンと同じことを言っている

そこで我が身をふりかえってみるに、
 ゆきうさぎが「情報よか経験だよな」って体感した一番の出来事は、やっぱり「パン作り」かな!←いきなり、そこかい!

20代のころ、料理教室に数年通ってまして、パンも普通のパンから天然酵母まで通ったんですけど、そこで本当に様々なパンの作り方を習って、特性とかも知ってはいたのですが。

実際、家庭に入ってパンを焼き初めてみたら、まー、これが全然、最初はうまくできなかったの。(いや、最低限のところはできたけど 笑)

何事も習うよか慣れろというか、料理もコンスタントに毎日毎日、作ってるほうが、理論だけ知ってるより断然、上手になりますでしょ

パンは生地こねとか、酵母で発酵させたりもあるので、そのへんのあうんの呼吸というのか、感覚で「わかる」のと情報として「知っている」のにけっこう開きがあるんですよね。

季節によって、室温や湿度もちがうし、あと、パンはどれだけ自分の家で作っているかによって、どうも台所にイースト菌が浮遊している気がする。←気のせい??

頻繁にやってる時と、たまーにしかやらない時とで、どうもパンの膨らみ方がちがうような気がするのですね。
わたくし、これは台所を飛んでいるイースト菌ちゃんたちの増減に関係しているんじゃないかな~と、思っているんですよ。
でもこれはゆきうさぎの感覚的な実感で、本当のところはなぜそうなるのか、理屈では説明できないんですが、、。

みなさまにもこういう実感って、ありますでしょうか?
おそらくこういう「ちがう」感覚が、「わかる」と「しっている」のちがいだと思われる。

ゆきうさぎも、本が好きなので、わりと本を読んで「なるほどね!」って昔から思いがちなので、気をつけないといけないんですけども。
ことほどさように、なんでも情報を得て知った気にならず「実際に行って、触って、見て、聞いて」体感するのって本当に大事!ですよね☆

それでは、また。
ごきげんよう。

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